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――本来、この曲は『Ja,Zoo』のどの位置に収録されることになっていたんですか?
I.N.A.:中盤ぐらいですね。でも、この曲が抜けたことによってバランスが悪くなってしまったんで、実際に世に出た『Ja,Zoo』の曲順は一箇所ぐらい変更したところがあるんですけど。
――I.N.A.さんご自身、この「子 ギャル」という曲をいつか人前に出せるものにするんだ、というような使命感みたいなものも抱いていたわけですか?
I.N.A.:それはね、実はなかったんです。とにかく僕は、デモ状態にあるそういうものを出すことだけは、絶対にやりたくないってことを言ってきて。1998年の時点からそう言ってました。ハナ歌みたいな音源でも「秘蔵音源発掘!」みたいにして出しちゃうケースはけっこう少なくないと思うんですけど、それだけはやらないよって言い続けていて。
――それをどうしてもやりたくなかった理由というのは?
I.N.A.:だってやっぱり、これだけhideと一緒に完成度の高いものを目指してずっとやってきたわけですから、まだ途中段階にあるものを作品として世に出すというのは……そこはもうお断りしてたんです。
――それは本人の遺志に反することでもあるはずだ、と判断されていたわけですよね?
I.N.A.:うん。それを出してしまったら、もうなんでもアリになってしまうじゃないですか。リハーサルの音源もあるし、それは出さないのかって話になってしまう。そうなってくるともうキリがなくなっちゃいますからね。
――要するにI.N.A.さんとしては、この曲を出すことよりも守ることを重んじていたわけですよね。その気持ちが発表する方向へと転じたのは、やはりボーカロイドの技術というものがあったからこそ、ということになるわけですか?
I.N.A.:ええ。正直、これを本当に作品にするんだという気持ちは本当になかったんですよ。この半年~1年ぐらいの話ですよね、それが変わってきたのは。ヤマハさんにやっていただいても上手くできないんであれば、そこで終わりだと思ってましたから。実際、ここまでのものになり得るとはホントに思ってなかったんです。自分でもビックリしてますね。最初に聴かせていただいた段階のものとは、もうまるで次元が違っているから。
――I.N.A.さんご自身は、ボーカロイドというものにも精通しているんですか?
I.N.A.:僕はほとんど、いじったことないですね。ただ、これのためにセミナーに行ってきました(笑)。
馬場:ということは、ボーカロイドで試してみようという発案は、そもそもはI.N.A.から出たものではないんですね?
I.N.A.:僕ではないですね。レコード会社や事務所側に「こういうことを試してみる価値もあるんじゃないか?」という発想があったんじゃないかと思います。
――実際、こうした完成形に至った現在では、I.N.A.さんにとってこの曲は“世に出したいもの”になっているわけですよね?
I.N.A.:もちろん。ホントに完成できて良かったと思ってます。今だに、これができたことが信じられないですね、正直な話。
――歌以外のサウンドの部分については、当時録られていたものの完成度を高めることに徹した、という感じなんでしょうか?
I.N.A.:そうですね。あくまでデモ音源をもとにしながら。ただ、それを完成させていくうえで、今回ならではの自分なりのコンセプトというのを立ててみたんです。実際、やり方はいろいろとあるわけじゃないですか。たとえばSpread Beaverのメンバーをもう一度集めて録ったほうがいいのか、とか。そうやっていろいろ考えた末に行き着いたのは、1998年の『Ja,Zoo』のなかに入って然るべきものにしよう、という結論で。要するに、その当時に立ち帰った発想で取り組んだんです。だから今回、たとえばドラムはJOE(宮脇知史)にやってもらってるんです。ドラムについては、ほとんどhideの曲についてはJOEとZEPPET STOREの柳田君がレコーディングではやっていたので。デモの段階のドラムについては、柳田君が叩いてる仮のものがあったんですよ。そのトラックを今回、JOEが新たに叩いてくれたものと組み合わせたんです。当時、hideが“サイボーグロック”と呼んでいたやり方なんですけど。
――ええ。両手と両足それぞれの音が、違う人物のものだったりするという。
I.N.A.:はい。「ピンク スパイダー」のときにも2人のドラムを合体させてるんですけど、それをもう一回やってみようじゃないか、と。そしてあとは機械の部分を入れて、2人の生ドラムと機械を一個にしてみたりとか。『Ja,Zoo』の他の曲たちと同じアルバムに入っておかしくない音にするために、そうやって当時のやり方を思い出しながら踏襲したんです。あとはたとえばミックスをするときに、今では、ほとんどみんなデジタル(プロトゥールス等)でやっているようなことを、わざわざアナログを立ち上げてやってみたりとか。そうやってなるべく当時のやり方を基盤にしながら、今のいい部分も取り入れて完成させていったんです。
――新たに音源に加わったのは、JOEさんのドラムの音のみなんですか?
I.N.A.:いや、defspiralのMASATO君にギターを弾いてもらってます。何故かっていうと、2年前、『ピンクスパイダー』のミュージカルをやった時に、彼はhideの曲をいちばん誰よりもコピーしていたわけで。あそこまで忠実にやってるのは彼しかいないと思ったんです。だから、hideがどういうフレーズを癖で弾くのかってことも知ってるはずだと思ったし。それで彼にお願いしたんです。もちろんhideの弾いたギターの音についても、使えるものは全部使っていて……。あと、実はCUTT君にも手伝ってもらってます。彼にはコーラスで参加してもらったんですね。どうして彼なのかというと、ヤマハさんに当初、この「子 ギャル」というのがどういう曲なのかを伝えるために、「♪ラララ~」じゃイメージをつかみにくいところがあるので、ちゃんと歌詞のある状態のものを渡す必要があったわけですよ。それをCUTT君と僕とで作ったんです。その音源をヤマハさんに聴いてもらって、歌詞の運びみたいなものも踏まえてもらえるようにしたんです。
――つまりCUTTさんがボーカロイドにとっての仮歌を担当した、と?
I.N.A.:そういうことになりますね。そういう経緯もあったからCUTT君には本チャンの音源にも参加してもらいたくて、コーラスをやってもらったんです。実際、ハーモニーはまるでなかったのでね、hide自身のものは。なにしろヴォーカル・トラックを作るのに2年かかるぐらいですから、ハーモニーまで作ってもらうわけにはいかないだろう、と(笑)。そういう事情と、CUTT君には参加してもらいたいという気持ちの両方があって、彼に手伝ってもらったわけです。でも、こうしてみると不思議なもので、当時のLEMONeDの人たちがみんな参加してるようなカタチになったわけなんですよね。当時はTRANSTIC NERVEだったMASATO君と、shameをやっていたCUTT君。そしてZEPPET STOREの柳田君と、僕ら。まあ、最終的にそういう顔ぶれになったのは偶然なんですけどね。
――偶然かもしれませんが、必然性もあると思うんです。ミュージカルの際にしても、まったく縁もゆかりもないミュージシャンを起用してきたわけじゃなかったことが、ここにきてふたたび実を結んでいるという気もしますし。
I.N.A.:そうですね、確かに。
――この曲をどう受け止めるか、どう感じるかという部分については受け手次第というか、1人ひとりに解釈を委ねるべきでしょうから、そこについてあれこれこの場で話そうとは思わないんですが、ひとつ重要なことに気付かされたんですよ。hideさんが亡くなってからもうずいぶん年月も経過していているわけですけど、この曲は、数ある彼の曲のなかでたったひとつの、すべての人たちが同時に聴く曲、ということになるわけです。昔からずっと彼の音楽を愛し続けてきた人たちも、生前の彼の音楽をリアルタイムで聴くことができなかったことを悔やんでいる人たちも。
I.N.A.:そう、だから本当に新曲なんですよね。実際、レコード会社との最初のミーティングでは“未発表曲を含むベスト盤”みたいな位置付けだったんですけど、結果的にはそうじゃなくて、“新曲入りのアルバム”を作りましょうということになったわけなんです。
――しかもこの「子 ギャル」というのが、壮大なバラードだったりドラマティックな大作だったりしなかったことも、なんだか良かった気がするんです。「ボーカロイドの最新技術を駆使して蘇った幻の新曲!」みたいに呼ばれたとき、その曲があまりにも大仰なものだったりしたら、意味を持ち過ぎてしまうんじゃないかという気もしますし。
I.N.A.:そうですね。そこもすごく良かった。なんだかhideっぽいなという気がするんです、ある意味。僕は今回、技術的なことは基本的にヤマハさんにお願いして、ヤマハさんから音源をいただいてから4ヵ月ぐらい引きこもって、当初からあった土台というか屋台組みたいなものに肉付けをしていく作業をしてきたわけなんですね。外壁を作ったり、内装を綺麗にしたりとか。その4ヵ月のうち最初の1ヵ月ぐらいは、ホントに試行錯誤の連続でした。自分でも何をやってるんだかよくわからない状態だった。あれこれ繋ぎ合わせてみたり、差し替えてみたり。なにしろパズルをただ組み合わせていくんではなく、パズルのピースも自分で新たに作っていくような作業だったわけですから。設計図に合わないピースをちょっと削ってみたり、ふたつのピースを半分ずつ足してみたり……。わかりやすく言ったら、僕らがやってきたのはそういう作業だったんだと思う。
――I.N.A.さんにとっても馬場さんにとっても確かなのは、過去にやったことのないことを完遂した、ということですよね。
I.N.A.:うん。
馬場:そうですね。
I.N.A.:僕は今回の一連の作業を通じて、改めて思ったことがあって。今や完全にデジタルが主流で、プロトゥールスにしろハードディスクにしろ、誰でも使うようになってるけども、hideと一緒に始めた頃……1991年とか1992年頃というのは、まだそういうものが出たばかりで確立されてなかった時代で。僕らはマルチ・テープでヴォーカルをエディットするという作業をずっとやってたわけなんですよ。アナログのテープを切って貼り付けるような感覚でのエディットを。そういう感覚を彼と共有してきた僕が関わったことで、hideの歌に聴こえるものにできたという部分もあるんじゃないかと思ってるんです。
――歌のあり方についても、1998年のhideさんを基準にして作られているわけですよね? 今も彼がいるとしたらこんなふうになっていたんじゃないか、というのではなく。
I.N.A.:ええ。それはさすがにないですよ。とにかく『Ja,Zoo』を基準にしたかったし、この曲をあのアルバムに改めて入れて、それを「ついにアルバム完成!」って打ち出してもいいんじゃないかっていうくらいのものにしたいと思っていたんで。そういう気持ちで取り組んできたんです。
――なるほど。よくわかりました。最後にこのプロジェクトが一応の完結へと至った今現在の気持ちをお聞かせください。
木村:まずはやっぱり曲ができて良かったな、という気持ちですよね。それは本当に思います。そしてもちろん是非、世間の方々に聴いて欲しいなというのがあるんですけど、やっぱりヤマハとしてはhideさんのボーカロイドとして出したかったというのも本音としてあるんですね。いわゆる製品として。ただ、そうするには足りないパーツというのがたくさんありますんで、ちょっとまだそこには無理があって……。それについては残念でもあるんです。今の素材量と技術では、「子 ギャル 」を完成させるうえではどうにかなりましたけど、それ以外の曲まで作るには足りないんです。でも、これがさらなるボーカロイド発展への大事な一歩ではあるはずだと思っています。
馬場:今の気持ちを言うのは難しいんですけど、屋台骨の部分を作るという意味ではとにかく精一杯やったというのが僕自身としてはあるんですが、それが結果として良かったのかどうかというのはまだ自分ではわからないところがあるんです。その結果がわかるのは、これが世に出て、ファンの方々のリアクションというものに触れて……その先のことでしょうし、そこで何か実感するものがあるはずだと思っているんです。その瞬間の到来が、今から楽しみですね。
I.N.A.:僕はもうホントに……これはhideちゃんともよく言ってたことだけども、「聴いて良けりゃいい」と思っていて。だからまあ、これだけの技術の方々と一緒に、僕自身も時間をかけてやってきたわけですけど、それはそれとして、別の話で。とにかくこれを、彼の新曲の「子 ギャル」として聴いて楽しんでもらえれば本望だし、それでいいかなと思ってます。
――そして、最後に。こうして不完全な形で残されていた最後の1曲を、こんなにも大切にして丁寧に仕上げてくださったチームの存在に、僕は感謝したいです。
I.N.A.:ありがとうございます。でも、その1曲を彼が残してくれたからこそですよね、すべてのことが起こり得たのは。
インタビュアー 増田勇一
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