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■ 2011年08月14日
「産経新聞」(発売中)
 
掲載が遅くなってしまいましたが、
すでに発売されています。
 
もう販売しているのを捜し求めるのは難しいですが、
直接、集配所などに行くと購入出来ます。
 
x x x x x x x x x x x x x x x x x x x x x x x x x x x x x x x x x x x x x x
 
msn.産経ニュース
 
● YOSHIKI 心にはいつもHIDEがいた
 
2010年8月8日、シカゴの気温は30度を優に超えていた。
 
 灼熱(しゃくねつ)の光線の下、市の中心地にある公園「グラントパーク」の特設舞台に歩み出たYOSHIKIは、視界に広がる青空と2万人の観衆を前に、勇み立つ気持ちを抑えられなかった。
 
 セットされたドラムのスツールに腰を下ろし、シンバルのネジを自分で締めながら、黒い革のジャケットを着たToshiの背をみつめると、彼の視線に応えるようにToshiが振り返り、ゆっくりと微笑(ほほえ)んだ。再び、空とファンとに目を向けたYOSHIKIは、心の中でこう叫んでいた。
 
 「HIDE、見えるの? 今日、アメリカ進出という俺たちの夢が叶(かな)ったよ。この国のロックファンに、俺たちの曲をライブで届けられるんだよ」
 
 今は亡きXのギタリストHIDEに叫びかけたYOSHIKIのドラム・カウントでスタートしたオープニング曲は英語版『Rusty Nail』。ドラムと一体になるToshiのボーカル、PATAとSUGIZOのギター、HEATHのベースに、ステージを見上げる2万人の体がひとつになってうねり始めた。
 
 米国内で開催される最大の野外ロックフェスティバル「ロラパルーザ」に登場したXは、新参者でありながらハードかつメロディアスな楽曲でその存在を誇示した。
 
 彼らは、ふたつとない指紋を押すように、強い旋律とリズムを観(み)る者の心に刻んでいったのである。
 
 およそ1時間のステージを終えたYOSHIKIは、休む間もなく30ものメディアの取材を受けながら、その胸の奥で、HIDEを失った絶望と、その先に希望を見た日のことを思い出していた。
 
「シカゴでは、高揚感に包まれながらも、二度とステージに上がれない、もうミュージシャンとして生きていくことはできない、と考えた頃の記憶がよみがえっていました」
 
 
突然の友の死に自分を責める日々
 
 
 1998年5月1日(現地)、ロスの自宅から自らが経営するレコーディングスタジオに向かう車の中でYOSHIKIは悲報に触れた。HIDEの死を国際電話で聞かされ、一睡もせぬまま翌朝日本へと飛び立ったのだ。
 
 「スタッフからHIDEが亡くなったと聞かされても嘘だと思っていました。なぜなら、HIDEとは、頻繁にXの新たな活動の相談をしていたからです」
 
 Toshiの脱退によりボーカルを失ったXは解散し、97年12月に東京ドームでラストライブを行った。しかし、YOSHIKIとHIDEは、ミレニアムには新生Xで再び活動しようと、新たなボーカル探しに時間を割いていた。
 
 「2人でボーカルも探していましたし、お互いのソロ活動も伝え合っていました。そんなHIDEが僕に黙って逝くことなんて、信じられなかった」
 
 深夜自室で亡くなった状況から事故の可能性が大きかったが、当時の報道はその死を一斉に自殺と報じた。
 
 日本に戻ったYOSHIKIを待っていたのは受け入れ難い現実だった。誰よりも信頼し、尊敬し、自分の肉体の一部のように感じていたHIDE。彼の亡骸(なきがら)を前に、正気ではいられないほどの衝撃を受けながら、YOSHIKIはメディアに対応し、葬儀の準備にも参加しなければならなかった。何より彼を震撼(しんかん)させたのは、傷ついたファンたちの行動だった。HIDEの後を追う少女たちのことが報じられると、5月6日の通夜の日、YOSHIKIは「HIDEの悲しむような行動は取らないで」と、ファンに呼びかけた。
 
「ファンに向かって『この悲しみを乗り越えてほしい』と語りかけました。けれど、誰よりも悲しみから逃れたいと思っていたのは僕だった。死ぬべきだったのはHIDEではなく、未来など信じていなかった僕だったはずなのに。そう考えていたんですよ」
 
 葬儀が終わり、暮らしているロスに戻ると張り詰めた緊張の糸が切れた。自分と出会っていなければ、HIDEには違う人生があったはずだと思いながら、自分を責めた。神経は衰弱し、寝ることも食べることもできぬまま、ただ部屋に籠(こ)もる日が続いた。幼なじみで一緒にXを結成し同じ道を歩いたToshiは自らの意思で彼の側を離れ、新しいXを作ろうと誓ったHIDEはある日忽然(こつぜん)と彼の前から消えてしまった。
 
 「悲しみは日を追って大きくなり、すべては自分のせいだと思うようになっていました。だからこそ、ステージに立って演奏し、拍手を受けることなど二度とできない、と考えたんです」
 
 YOSHIKIは、親しい者たちに「バンドを続けることはできない」「アーティストとして表舞台に立つことはもうない」と引退を仄(ほの)めかし、作曲家やプロデューサーとして細々と活動できればいい、と告げていた。事実、YOSHIKIは以後一切の活動を止めてしまうのである。
 
 
希望を取り戻す天皇陛下への奉祝曲
 
 
 絶望の淵(ふち)にあったYOSHIKIにある依頼が持ち込まれたのは99年の夏だった。11月に行われる天皇陛下ご即位10年をお祝いする「祝賀式典」で披露する曲の作曲と、当日のピアノ演奏を、天皇陛下御即位十年奉祝委員会から依頼されたのだ。
 
栄誉に胸を突かれながら、もうステージに立たないと決めていたYOSHIKIは、すぐに決断を下せなかった。
 
 「思いあまって母に相談をしたら、『こうしたご依頼をいただけたことに感謝しなくては。その気持ちを大切にしてお引き受けしたら』と、言ってくれたんです」
 
 母の助言に従い依頼を引き受けると、彼はロスの自宅へ戻り、ピアノの前で作曲を始めた。3日間寝ずに書き綴(つづ)った譜面には、1曲のピアノコンチェルトが完成していた。ピアノ協奏曲ハ短調「Anniversary(アニバーサリー)」を書き上げ、翌日から祝賀式典の演奏のために1日8時間も鍵盤を叩(たた)き続けた。いつしか、ピアノに向かう時間は、乾ききったYOSHIKIの心を少しずつ潤していった。
 
 11月12日、天皇陛下ご即位10年をお祝いする国民の祭典が皇居前広場で開催された。午後6時半過ぎ、燕尾(えんび)服を着たYOSHIKIはステージにあがり、二重橋にお出ましになった天皇陛下、皇后陛下に深く一礼した。オーケストラをバックに演奏を始めたYOSHIKIは無心だった。
 
 「ステージに上がりピアノの演奏をする自分は、こんなにも自然なのだと思えました。まるで呼吸するように指が鍵盤の上を動いていったんです」
 
 曲が終わると天皇、皇后両陛下が笑顔で拍手を送られた。広場を訪れた2万5千人の観衆も喝采(かっさい)を惜しまなかった。
 
 「僕の曲が必要とされている、誰かの喜びになる、そのことに驚き、それが素直に嬉(うれ)しかった」
 
 今こうして生かされている自分が戻る場所はやはりステージしかない。自らの音楽を作り続けていこう。この演奏で希望を取り戻したYOSHIKIは、間もなく、再びミュージシャンとして活動することを決めていた。
 
 「心には、常にHIDEが寄り添っていました」
 
 それから11年を経て立ったシカゴのステージ。燃えるような熱狂があったその場所は、YOSHIKIに激動の軌跡をフラッシュバックさせたのだった。
 
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