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1月1日のサンスポです。
 
 
こんなサンスポ企画って毎年あったんですかね?
自分は始めて見ましたが…。
YOSHIKIからのサイン入りドラムスキンの
プレゼントがあるようです!
それもバスドラなので
「YOSHIKI」「X JAPAN」の文字もあるという。
 
他にも様々な著名人のものも。
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2012年01月01日 - 03月31日
UNDERGROUND KINGDOM カード キャンペーン
 
UNDERGROUND KINGDOMカード(YOSHIKIカード及びyoshikittyカード)をお持ちの方で、下記キャンペーン条件を満たした方全員にニューデザインの「YOSHIKIオリジナルQuoカード」をもれなくプレゼント!!
 
◆対象
2012年3月15日(木)までにUNDERGROUND KINGDOM VISAカードまたは、UNDERGROUND KINGDOM マスターカードが発行されている方
 
◆キャンペーン内容
2012年1月1日(日)〜3月31日(土)までに「iD」を20,000円以上ご利用になると、「YOSHIKIオリジナルQuoカード」(500円分)が全員にプレゼントされます。
 
 
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あれ!?この間もQUOカード貰えたのですが(笑)
近所のガソリンスタンドではiDが使えるので、
また狙ってみるかな~。
YOSHIKIがレコチョクのインタビューに答えています。
とは言っても、インタビュアーはいつもの方ですが(笑)
 
話は少し変わってしまいますが…。
Ymがスマホに対応してくれるのは本当に嬉しいんですが、
HEATH mobileは対応してくれないんですかね…。
Exciteでしたっけ?そこが対応してくれないとダメなのか…。
あと、気になっているのはmu-moやレコチョクですよね~。
(あれ?これって同じ?)
" JADE " や " Scarlet Love Song " が先行配信したことを考えると。
 
まだまだスマホの波は低いのかなぁ…。
 
 
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レコチョク
 
昨年9月からのワールドツアーを終え、ライブDVD『THE LAST LIVE 完全版』に続き『DAHLIA TOUR FINAL 完全版』をリリースしたX JAPAN。レコチョクではYOSHIKI来日時にインタビューを敢行しさまざまな話を訊いた。
 
 
「本当は封印したかった」(YOSHIKI)
――2010年9月の北米を皮切りに、欧州、南米、アジアと世界をまわったツアー(公演動員10万人を超える)も11/8のタイ・バンコク公演をもって一区切り付きましたね。各国での反応はいかがでしたか?
 
YOSHIKI) 北米ツアーはロサンゼルスから始まって、最後のニューヨークはすごい盛り上がりになりました。100社以上も取材に来て、驚きましたね。X JAPANはアメリカでは新人だという気持ちで臨んでいました。自分たちで機材を運んだり、電球が一つしかない楽屋でミーティングしたり、日本とは環境が全然違いましたが、昔はこうやってひとつの車にみんなで乗って地方に行ったりしたなと懐かしく思う日々でした。会場ではXコールが起きたり、ファンが一緒に歌ってくれたり、待っていてくれたんだと感じ、感動しました。
 
欧州は陸続きなのでTOSHI以外のメンバーはみんな一緒に寝台バスで移動しました。スタッフと一緒に二段ベッドで眠って、途中のパーキングで買い物をしたり楽しかったですね。初日のロンドン公演の日に新曲「JADE」を配信したのですが、スウェーデンとスペインではiTunesで初日に1位を獲ったりしてうれしかったですね。長く待たせてしまった(公演の延期などで) パリも素晴らしかったし、最後のベルリンは爆発しました。
 
南米は国と国との間の移動が大変で、スタッフが入国できないとかいろいろなトラブルがありました。アジアは念願のソウル公演で、左手人差し指を負傷するトラブルもありましたが、強行突破しましたね。南米で看護婦姿になったことをきっかけに、アジアではチマチョゴリや、チャイナドレスなど各国の民族衣装を着たりして、「コスプレーヤー」という新しい肩書も出来ました。
 
元はX JAPANとして、有終の美を飾りたいという思いから始まりましたが、いろいろな問題があっても、楽器があって僕らがいればステージは成り立つじゃないかと気付いた。世界を周ったことで初心に返ることができました。
 
――有終の美とは?
 
YOSHIKI) 2007年に活動を再開したけど、正直な所X JAPANが続いて行くのどうかか分からなかったんです。それで2008年に東京ドームで3Daysをしたんですけど、これはXにピリオドを打つためにという意識が強くて。
 
――区切りと思っていたステージを経て、世界へと目が向いたきっかけは?
 
YOSHIKI) 日本のアニメや、ビジュアル系音楽が海外に進出しているのを見たこと、またX JAPANはビジュアル系の先駆けと言って下さる方もいて、いろんなことが重なったんです。ビジュアル系のでYOSHIKIは死んだと思っていましたから、いま生かされているのだとしたら、全力で行かないとと決意した。いまは無敵感というか怖いものは何もないです。過去は、自分たちが思っているよりもバンドの存在が大きくなってしまったことで、壁っていうのかな。あったと思うんですけど、いまはね、もう壁なんて破壊してやるって思っています。
 
――世界を巡られて気付いたことはありますか?
 
YOSHIKI) フランス、アメリカ、どこでもファンが「We are X!!」と迎えてくれたのを見て「Xって世界共通言語なんだ。世界が一つの言葉でつながってるってすごい」と感じました。
 
――10月には1997年に東京ドームで開いた解散ライブを収録したDVD『THE LAST LIVE 完全版』を発売しました。
 
YOSHIKI) 本当は封印したかったんです。X JAPANの名前を聞くのも嫌だった。HIDEがいなくなってからは特に。でも周りの方の後押しがあったこと、そしてX JAPANが次に行く過程のため、リリースをすることが大切なことだと気付いたんですね。HIDEは帰ってこないけど、あのときがあるから今があると思えるように。
 
取材・文/西村綾乃
 
 
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http://www.travelweeklyweb.com/japanese-icon-and-rock-sensation-
yoshiki-goes-hollywood/44083

 
すいません…自動翻訳だけでは、
いまいち詳細がわからないのですが…。
 
それによると、日本とロスに加え、
ハリウッドに3件目の家を購入した。
と、書かれています。
 
何かの間違い?翻訳間違い?
 
まあ…個人的にはどちらでもいいんですけど(笑)
 
でも、近場に2件も?
それとも引っ越すんでしょうかね?
 
まあ…本当にどちらでもいいんですけど(笑)
だいぶ遅くなってしまいましたが、
報道関係をまとめておきます。
 
少しだけですが、当日の映像もあります。
 
 
YouTube
 
 
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デイリースポーツ
 
YOSHIKIドタキャン 飛行機乗り遅れ
 
ロックバンド・X JAPANのYOSHIKI(年齢非公表)が21日、都内で出演予定だったイベントを急きょ欠席。ビデオレターで参加者に謝罪するとともに、マスコミ各社にも「緊急連絡&お詫び」と題したファクスを送った。
 
 関係者によるとYOSHIKIは現在、楽曲作成のため米ロサンゼルスに滞在中で、同日午前0時(日本時間)の飛行機で帰国する予定だった。だが仕事が立て込んでいたこともあって飛行機に乗り遅れ、参加は不可能に。急いでスタジオに戻り、ビデオレターを作成したという。
 
 YOSHIKIは過去にも体調不良などで会見を欠席するなど、“ドタキャン”が目立っていた。それだけに関係者も「実は、過去にも多い方なんで、先方からの申し出で、『突然参加できなくなった場合は…』という契約も結んでいるんです」と苦笑いしていた。
 
 
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2012年01月10日
YOSHIKI mobile docomoスマートフォン対応
 
 
なのか!?(笑)
 
ということで。
カカオトークのYOSHIKIを登録する時に、
こんな広告が出てきます。
 




auは近日…ということですね?
(近日とは1月10日以降の近日…ですね?)
 
SoftBankは!?
まあ…これも当然対応してくるでしょう。
 
最初、Ymが開始された時も、
docomoから始まり、徐々に対応していきましたからね。
 
スマートフォン…と明記されているので、
iPhoneでもAndroidでも。
ということでいいと思いますが。
 
それよりも…。
海外からはどうなるんでしょうね??
クレジット決済ならば、
もちろん海外からも登録出来ると思いますが、
いまはすでに携帯会社からの決済も
出来るようになってるんですよね。
 
と…それよりも…。
対応されるのは本当に嬉しいのですが…。
肝心のレポートが更新されなければ意味がないような…。
2011年12月21日
YOSHIKIビデオレター カカオトーク記者会見
at 六本木ニコファーレ
 
 
さて…残念ながらYOSHIKIは
ビデオレターのみの出演になったようですね。
まあ…これは仕方ないとして…。
 
本日、初めて「カカオトーク」のアプリを入れて使ってみました。
 
ってか…なんですかこれ!?
facebookも日本で流行らないひとつとして、
実名であることが普及しない理由と聞きましたが、
それ以上に、この「カカオトーク」は電話番号が必要となるのですが…。
 
アプリを開くと自動的に自分の電話番号での表示が現れ、
登録するにはそのまま進めないとならないなんて…。
(後から読むと任意のIDでも出来るようではありますが)
加えて…リストには自分の電話帳の中で、
「カカオトーク」を利用している人の名前がリストにズラリと!!
 
10年以上前に付き合っていた人…。
会社の仲間…仕事場のお客さん…。
などなどが実名で表示されていてビックリしましたよ…(驚)
 
それなりに昔からあるアプリのようなので、
今まで問題が起きてないということは、
大丈夫?なのだろうか?という感じもしますが、
これはちょっと匿名性が好まれる日本人には不向きなような気もしますね…。
 
あ…話はそれましたが…。
 
YOSHIKIも何やら書き込みをしていました。
 
こんなもんでありますが…(笑)




 
21秒ほどの動画も上がっていますが、
内容は「ここから世界に最新情報を配信していきます。」
的なことを話しています。
 
ほんまかいなっ!?(笑)
 
まあ…あまり使われないな…と、個人的には感じますが…(汗)
 
 
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ORICON STYLE
 
YOSHIKI、ロスの仕事でイベント欠席 ビデオで事情説明
 
ロックバンド・X JAPANのYOSHIKIが21日、出演予定だったスマートフォン向けアプリ『カカオトーク Plusカカとも』発表会イベントを欠席した。急きょ欠席となったYOSHIKIはビデオメッセージで「僕はいまロサンゼルスにいます。ハリウッドで進行中の新たなプロジェクトに参加していますが、今回、日本に行くことができなくなってしまいました」と事情を説明。
 
 カカオジャパン代表取締役社長のパク・チャジン氏は「昨夜にYOSHIKIさんと電話した。今回のイベントに向けて、帰国のやりとりをたくさんシミュレーションし、無理を言ってお願いしていた。今回は無理だったが、またYOSHIKIさんが日本にいるときにこのような機会をつくれたら」とコメントした。
 
 カカオトークは、2010年3月に韓国でスタートした無料アプリで、スマートフォンの連絡帳に登録された友人や家族とチャットや画像交換などが楽しめるもの。YOSHIKIは同サービスについて「スタッフから内容を聞いて、世界中の人にメッセージが伝えられる素晴らしいサービスだと思いました」とメッセージを送っている。
 
 
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ORICON life
 
カカオトーク、有名人と『友だち』になれる新機能
 
カカオジャパンは21日、都内で無料チャットアプリ「カカオトーク」の新機能『Plusカカとも』を発表した。『Plusカカとも』は有名人やブランドなどが運営/利用するアカウントに対し、一般ユーザーが「友だち」になることができる機能で、様々なコンテンツや情報を閲覧することができるようになる。
 
 既にカカオトーク発祥の韓国では、東方神起やKARAなどの人気K-POPアーティストやファストフードのバーガーキングが『Plusカカとも』のアカウントを開設してサービスを開始している。日本ではロックバンド・X JAPANのYOSHIKIが同日にアカウントを開設し、第一号となった。
 
 カカオトークはiPhone/Android/Blackberry向けの無料チャットアプリで、テキストメッセージのほかに写真や動画、ボイスメッセージを送ることができる。世界216カ国で3,000万人の利用者を持ち、1日で交わされるメッセージは約7億件を超える程の人気アプリ。対応言語も12言語と世界的なコミュニケーションアプリとなっている。
 
 同発表会では、トップモデルとして世界で活躍している冨永愛がゲスト出演し「半年ほど前に友達に勧められて始めました。“ボイスメール”は自分の声を生で届けられるので良いですね。」とアプリに対する感想を述べ、同アプリのヘビーユーザーという女優の藤原紀香がビデオメッセージでアプリの魅力を伝えた。
 
 
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http://www.viva-jp.com/
 
いつぞやのYOSHIKIの絵が販売開始されたそうです。
って…これって入札式なの?
それとも何点もあるの?
まったく興味がなく把握していないのですが(汗)
 
現段階で149,000円みたいですね。
これが高いのか安いのかもわからないや(苦笑)
2011年12月21日
YOSHIKI カカオトーク記者会見
at 都内某所
 
 
カカオトーク…聞いたことはありましたが謎なもので…。
スマートフォン専用SNSということでいいんですかね?
ようするに、mixiのようなものなのですね?
 
でもなぜ…YOSHIKIが??
まあ…Ustreamや、様々な絡みがあったので、
特に驚きもしないのですが。
ある意味、広告塔とでも言うんでしょうかね?
 
徐々に時代が変化していくので仕方ないことなのですが、
MySpaceやUstreamはもう終了…ということなのでしょうかね?
 
で…?
 
「次に表に出るときにはアルバムが完成してから」
 
なんて話してましたけど…!
もしかしたら…!?
いやいや…期待してはダメですかね?(汗)
 
「DAHLIA TOUR FINAL」のDVD発売もありますし、
何か絵のやつもありましたし、
そういえばBLOOD RED DRAGONが日本に上陸。
なんて、YOSHIKI呟いてましたよね?
その辺のプロモーションも兼ねての帰国でしょうか?
そういえば…まったく忘れていたのですが、
何ヶ月か前にYOSHIKIカードのID使用での
キャンペーンをやってましたよね。
頑張ってやってたわけではないんですけど、
何回かガソリンを入れてみたら…。
どうやらキャンペーン分を使っていたらしいです(笑)
 
というわけで…そんなQUOカードが
突然届きました!!


2011年12月07日 - 2012年01月31日
Re-POP JAPAN SHOW at COPON NORP
 
ロンドンでのパラダイスロストショーを大成功させたポップアーティスト界の鬼才、コンラッド・リッチが緊急来日し、コンラッド・リーチが描いた、YOSHIKIさんの絵画2点が初披露されました。
 
今回のショーでは「Re-POP JAPAN」と題して、「YOSHIKI PORTRAIT」、「DRUM」のキャンバス2作品の他、POP浮世絵および、雑誌「LEON」の10周年記念号の表紙を飾った作品や、未発表作品が展示されています。
 
 
【開催期間】
2011年12月7日(火)〜
2012年1月31日(火)
 
【場所】
東京都渋谷区神宮前3-15-11 2F
(COPONNORPメインフロア内)
 
※ショーは完全予約制になりますので、見学をご希望の方は下記までご連絡ください。
 
《COPONNORP代表番号 03-6406-3833》
 
※NETでの販売については、「http://www.viva-jp.com/」内にて、12月20日頃から開始する予定となっております。
 
 
YOSHIKI mobile
 
 
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まったく意味がわからないんですが…。
絵なの?ショーなの?飯なの?(笑)
製作段階の貴重なレポートがあがっていますね。
もうちょっと写真とかあれば面白かったんですが。
でも、計測などの詳細がわかって楽しい内容です。
 
 
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club.zy
 
YOSHIKI:台場で展示中のフィギュア製作現場をレポート 「僕が2人もいたらケンカしそう」と苦笑い
 
YOSHIKIの等身大フィギュアが東京・台場のデックス東京ビーチにオープンしたろう人形館「マダム・タッソー東京」に展示されている。フィギュアは今夏、欧州で行ったX JAPANのツアー中に、英仏にて採寸し約1900万円をかけ製作されたもの。6月末にパリ市内のホテルで行った製作現場の様子をレポートする。
 
 ヨーロッパツアー初日のロンドン公演を成功させ、翌日のユーロスターでパリ入りしたYOSHIKI。採寸は日本のポップカルチャーを紹介するイベント「ジャパン・エキスポ」への出演前に行われた。前日から体調を崩していたYOSHIKIは少し青ざめた表情でいたが、フィギュア製作スタッフから計測方法や場所などの説明を受けると、「この状態で飾られるの?」「300年間も保存する可能性があるの?」と興味津々で、そのままポージングへと移って行った。
 
 ターンテーブルの上でポーズを作ったYOSHIKIを写真カメラマンが鋭い表情で見つめる。わずかな差も見逃すまいと、真正面から時計回りに5度ずつ角度を変え撮影が行われた。撮影後は額を全開にし、顔の周辺、鼻の高さ、小鼻の厚さ、唇の厚さ、額の幅など専用のメジャーで計測を続ける。つま先からまた上の長さなど身体の隅々を図り終えた後は、髪や瞳、まつ毛、眉毛の色を合わせる作業が待っており、生え際、背面など細かな差も正確にメモをしていった。約20分間の計測で撮影した写真は500枚以上、計測箇所は400種以上。シワやシミまでもが再現された過去作品の写真を眺めたYOSHIKIは「本物がどちらか分からなくなりますね」と驚いた表情を見せていた。
 
膨大な作業工程を経て完成した人形は「マダム・タッソー東京」で11月上旬にお披露目された。自らと同じメークが施された人形と対面したYOSHIKIは、「お化けみたいで怖い。僕が2人もいたらケンカしそうで周りが大変」と苦笑いしていた。
 
 同館にはマイケル・ジャクソン、レディー・ガガ、ビヨンセなど海外の人気アーティストのほか、葉加瀬太郎、坂本龍一など世界で活躍する日本人アーティストらのフィギュアが展示されている。開館は2012年1月4日までの期間限定。問い合わせは03・3599・5167へ。
 
取材・文/西村綾乃
 
 
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BARKS
 
● X JAPANに透けて見えた、音楽産業の羅針盤
 
2010年、ロサンゼルスから始まり、オークランド・シアトル・バンクーバー・シカゴ・トロント・ニューヨークと北米を巡り、2011年にはロンドン・パリ・ユトレヒト・ベルリン・大阪・東京・サンティアゴ・サンパウロ・ブエノスアイレス・リマ・メキシコシティ・ソウル・上海・香港・台北・バンコク…と、欧州/南米/東南アジア各地のライブを敢行してきたX JAPAN。国が変われど人種が変われど、X JAPANがオーディエンスの心に鳴り響かせた音楽の神髄は、何一つぶれることなく大きな共鳴を見せてきたのは、これまで逐一お伝えしてきたとおりだ。
 
世界ツアー最終となったバンコクでのパフォーマンスを終えた2日後の2011年11月10日、日本に帰国してきたYOSHIKIをキャッチした。ライブ直後も現地TVの取材を複数受け、ミート&グリートをこなし、極端な睡眠不足に陥っている状況であったが、YOSHIKIはにこやかに話し始めた。
 
──“世界への進出”というひとつの夢がついに叶いましたね。
 
YOSHIKI:そう思います。感謝の気持ちでいっぱいです。自分はすごく運がいい人間ではないかと思いますね。もちろん努力もしてますけど…、X JAPANは<THE LAST LIVE~最後の夜~>の時点で終わって、すぐにHIDEを失って、もうその時点で120%復活はないと思っていましたから。
 
──あの頃は既にYOSHIKIもバンドマンではなくプロデューサー業に意識が移っていましたし。
 
YOSHIKI:そうですね。Violet UKはやっていましたけど、自分がロックバンドとしてステージに立つことはもうないと思っていたから。
 
──でも、現実は思いもよらないシナリオを書くわけで。
 
 
▲X JAPAN 2008年3月28日(金)東京ドーム ~破壊の夜~ 
 
▲X JAPAN 2008年3月29日(土)東京ドーム ~無謀な夜~ 
 
▲X JAPAN 2008年3月30日(日)東京ドーム ~創造の夜~ 
YOSHIKI:TOSHIと話し始めるようになり、HIDEはいないけど、でも1回やってみようと話が上がったんですよね。X JAPANは1997年にラストライブをやりましたけど、実は、本当の意味で終わりのふんぎりがついてなかったんです。あの時は怒りや悲しみの方が強かったから。「綺麗なピリオドを打とう、最後に有終の美を飾ろう」と2008年東京ドーム3Daysに臨みました。
 
──そこでX JAPANは見事な復活を遂げ、次へのスタートを切ってしまったわけですが。
 
YOSHIKI:感触がつかめて、もっとやってもいいんじゃないかと頭をよぎったのが、世界ツアーでした。
 
やりたくてもできなかった世界ツアーの筋書きが見え始めた瞬間がここだった。解散前からX JAPANが世界に対し常に言い放っていたキーワード、それが世界進出であったし、YOSHIKIとHIDEが語る夢もここにあった。…が、現実は厳しかった。X JAPANは1992年に米タイム・ワーナーと契約を果たすも、事実上活動は困難を極めた。日本でどれだけ名を馳せようと、欧米の文化において日本のロックバンドを受け入れる体制は皆無に等しかったのだ。日本が生みだした文化、X JAPANが打ち出す美学が世界に広がるには、まだまだ時間が必要だった。
 
あれから10年…いや、ほぼ20年もの年月が流れ、クールジャパンは世界の文化に影響を与え始めた。X JAPANが生みだしたJapanese V-Rockは、世界中に広がり古今東西のロック・オーディエンスの琴線を激しく震わせ始めていた。そのオリジネーターX JAPANへの渇望は、世界規模で静かに深く広く浸透していた。文字通り、時代がX JAPANに追い付いたのである。そこにはなんと18年もの年月が必要だったことになる。
 
近年、日本の若きビジュアル系バンドが海外に進出し、日本のロックが広まっていったことを捉え、YOSHIKIは「まず若い方たちに感謝しなきゃ」と微笑む。ビジュアル系の始まりは何だったのか、と興味を持った世界中のオーディエンスがX JAPANに行き着いたと、YOSHIKIは分析する。そしてそこにはネットの異常なる進歩が大きくかかわっていると語る。
 
 
 
BLUE BLOOD
X
 
Jealousy
X
──そうですね。インターネットの登場も大きいですね。
 
YOSHIKI:大きいです。僕達がいない間にX JAPANはどんどん広まっていった。自分としては夢をみているような感じですよ。アメリカに住んで15年以上経ちますけど、最初の10年近くは街を普通に歩けましたから。それがいつの間にか街中で外人からサインを求められたり写真を撮られたり。最初は意味がわからなかったですよ。誰か有名人に間違えられているのかな?とか(笑)。
 
──んなバカな。
 
YOSHIKI:「YOSHIKI!」って言われ始めて、MySpaceを始めたら海外からアクセスがどっときて、それがアジアだと思ったらヨーロッパだった。最近はツイッター経由で、その範囲もロシアや中近東、インドネシアやスペインなど、世界各国になりました。まさしく、昔から自分が信じていた「絶対に音楽は国境も年齢もすべて超えて行ける」ということが夢のように起こってしまっている感じ。
 
そんな環境に恵まれたことをYOSHIKIは「運がいい」と謙虚に笑うが、もちろん、ラッキーで手に入れた環境などではない。信念を貫き、無敵と書いてエクスタシーと読み、無謀と書いてYOSHIKIと読み続けた自ら敷いたいばらの道を、逆境の中で突き進み続けた20年もの孤軍奮闘の姿を、私は見続けてきた人間のひとりだ。
 
 
▲X JAPAN 2011年10月30日(日)上海 Shanghai Grand Stage 
YOSHIKIは、自分に与えられた今の立場を「いろんな要素が重なって、ここにいる。いろんなバンドの人たちや、世の中が与えてくれた使命みたいなもの」と言いあらわした。YOSHIKIが自分で突き進んだ道は、“YOHSIKI”というアーティストに生き、与えられたテーマを全うすることだ。“YOSHIKI”という巨大な存在を、全身全霊で全うするという感覚でもあるかもしれない。自分自身が生み出した“YOSHIKI”というキャラクターに生かされている状況でもあろうし、“YOSHIKI”を俯瞰でプロデュースする感覚でもあり、そして自らステージに立つ“自らがYOSHIKIそのもの”でもあるだろう。
 
様々な立場に身を置き多くの責任も背負いながら、ロックフィールドで戦っていくことは、自身を混乱させたり、何を基軸にすればよいのか判断基準すら見失うことも起こりえるだろう。だからこそ、YOSHIKIは、初心に返った大切さを力説する。
 
──世界ツアーは未経験なことばかりだったでしょう?
 
YOSHIKI:場所によっては楽屋に電球が1つしかなくて(笑)、暗くて荷物を探すのも大変だったとか。でもそんな状況のなかでも、とにかくやれる幸せの方が大きかった。東京ドームでしかやっていなかった解散前の当時の精神状態だったら、とてもできなかったと思います。メジャーデビューしてどんどん成長していく中で甘やかされていて、「自分たちがいるところがどんなに幸福なのか」がわからなくなってしまっていたから。
 
 
▲X JAPAN 2011年11月8日(火)タイ バンコクIMPACT ARENA 
──洪水被害まっただ中でタイ公演を強行したのも、ファンを思ってのことですか?
 
YOSHIKI:タイ公演もぎりぎりまでできるかどうか分からなかった。最終的にGOが出たのは、香港公演が終わった後で…。できるかできないかの可否の可能性も日々状況が変化していました。最初は機材が空港から会場まで運べるかどうか、それがOKでもファンの人たちの交通手段があるのかどうか…。
 
──歴史的な未曽有の天災時に重なるなんて、小説より奇…な状況ですね。X JAPANらしいというか…。
 
YOSHIKI:運命でしょうね。ファンの人たちの間でも「どうしても来てほしい」「今だから来てほしい」という人と、「自分の家が浸水してしまったので今回は延期してくれないか」というメールもいっぱい来ていて、どうするべきなんだろうと迷いました。
 
──奇しくも東日本大震災の経験をした我々日本人だからこそ、そこには重なる思いも。
 
 
▲X JAPAN 2011年9月9日(金)チリ サンティアゴTeatro Caupolican 
 
▲X JAPAN 2010年8月8日(日)<ロラパルーザ>@シカゴ 
 
▲X JAPAN 2010年9月25日(土)LAウイルターンシアター 
 
 
▲X JAPAN 2010年10月10日(日)ニューヨーク ローズランド・バールーム 
YOSHIKI:そうですね、チリに行ったときもそうでした。チリのみんなが大合唱を始めて、「自分たちも乗り切ってきた、がんばって!」という繋がりがありましたね。メッセージやツイッターもいっぱい来てて、自分もそれに返したりしていました。
 
とはいえ、世界は広い。世界ツアーを通し、文化の違い、肌の違い、国民性の違いを肌で触れ、X JAPANは新たな刺激を受けただろうか。
 
YOSHIKI:ある程度想定はしていました。ただ自分が想定したものより振れ幅が大きかったかな。ロサンゼルスっていろんな人種が集まっていて、アジア人もヨーロッパ人もいろんな人と触れ合っているので、それなりにそれぞれの特徴はなんとなくは認識しているつもりだったので。でもロサンゼルスはアメリカでも一番シリアスだと思います。エンターテイメントの中心でもあるし、最初はやっぱりシビアな目で見ているんですね。
 
──品定めの目線ですね。
 
YOSHIKI:X JAPANは熱心なファンが多いので、半分は始めから熱狂的なんですけど、あとの半分は業界の人も含め、音楽を楽しむというより「この人たちがどんな人たちかみてやろう」みたいな観察に来ている感じで。でも曲が進むにつれて、だんだん身体が動き出してくる。やっぱりアメリカの人たちって1回スイッチが入っちゃうと収拾がつかない程ノリだしちゃう(笑)。それがすごく楽しくてね。北米ツアーはロサンゼルスから始まったんだけど、進んでいくにしたがってメディアから情報も伝わってて、ニューヨークに着くころには最初から爆発みたいな感じでした。
 
──ニューヨーカーは、最初からフルスロットルですか。
 
YOSHIKI:はい、すごかったですね。そういう意味では自分たちの中でも、ニューヨークは伝説のライブのひとつだったと思う。ヨーロッパもそうですね。北米ツアーの様子が最初から伝わっていたので、ファンの人たちは最初から情熱的なんですけど、やっぱり業界の人たちは違う。「自分たちはロックの本場だ」「ヨーロッパのロンドンだ」と、そういうプライドある目線や雰囲気も感じました。それも後半からは大爆発になったんですけど(笑)。
 
──その様子はレポの写真からも伝わりますね。
 
YOSHIKI:あとね、パリ公演はこれまで何回もキャンセルしていたんで、最初は信じてくれないんです。X JAPAN本当に来るのかって(笑)。
 
──がはは(笑)、出る出る詐欺? あ、笑っちゃいけないか。
 
 
▲X JAPAN 2011年7月1日(金)フランス パリZenith 
YOSHIKI:いや、本当なんですよ。僕が何度「行く」と言っても信じてくれないんですよね。だから、会場に入った瞬間にXコールがブワァーっと響いてきていて、「うわー、こんなに待っていてくれたんだ」と、始まったときには涙が出ました。あとね、オランダはベルリンまでの間を埋めるように実験的に行なったんですけど、キャパが小さめだったこともあって、すぐにSOLD OUTしちゃって、プロモーターももっと大きな会場に変えたがっていました。オランダにそんなにファンがいると思ってもいなかったので、びっくりしました。
 
──嬉しいですね。
 
 
▲X JAPAN 2011年7月4日(月)ドイツ ベルリンColumbia halle 
YOSHIKI:あとね、ベルリンは…何ていうんですか、ダークな雰囲気とゴスな雰囲気があって…X JAPANが持つゴスの部分が引き出されたという感じでした。そういう点では1番合っていると思いました。ビジュアル系って結構ゴス寄りじゃないですか。
 
──そうですね。SUGIZOにもゴス要素は強く漂っていますし。
 
YOSHIKI:ありますね、すごく合ってたな。この地こそX JAPANのホームとなるメイン拠点にすべきなのかなって思っちゃったくらい。ヨーロッパツアーはメンバーとバスで回ったんですけど、移動中もメンバーとよくしゃべったし、絆も深まってよかった。その後日本に帰ってきたわけですけど、その後のサマソニが僕にとっていい経験でした。
 
 
 
 
 
▲X JAPAN 2011年8月14日(日)<サマーソニック2011東京>@マリンステージ画像 
 
 
 
▲X JAPAN 2011年8月27日(土)<a-nation>@味の素スタジアム 
──いいライブでした。
 
YOSHIKI:サマソニとa-nationというタイプの違うイベントに出させてもらったんですけど、サマソニは最初、本当にアウェイだと思っていたんです。BARKSでも書いていただいていたと思うんですけど、北米・ヨーロッパツアーよりもアウェイだと思っていたんです。
 
──そう思っていました。
 
YOSHIKI:そうですよね、母国の日本なんですけど…。ただ、だからといって変に構えないで、今までの流れで、X JAPANのありのままを見せようとメンバーに話しまして。
 
──迎合する必要もないし。
 
YOSHIKI:やっぱり意識したのは、地震があった後なので本当に元気になってもらいたいという気持ち。ただ、X JAPANって攻撃性は常に胸に秘めているので、温かな中にも攻撃的なステージを繰り広げたくて、同窓会的なよかった時代を味わうのではなくて、新曲と旧曲を混ぜて進化していきたい気持ちが強く出た内容になった。
 
──進化への意志は、メニュー構成に現れていますよ。1曲目「JADE」の時点で。
 
YOSHIKI:再結成バンドにありがちな、旧曲は盛り上がるけど新曲は盛り上がらないっていう、それを完全に打破したかったっていう…。
 
──キャリアが長いバンドであればこそ、とても難しいテーマですね。
 
YOSHIKI:難しいですね、その通りなんですよ。「JADE」とかまだ発売されていないけど「BORN TO BE FREE」とかすごい力を入れましたから。やはり「紅」や「Rusty Nail」とかをぶち破んなきゃいけないわけじゃないですか。自分で創ってきたものを越さなきゃいけない。昔のXに負けたくない…今のX JAPANとして勝たなきゃいけないと思う作品だから、すごく考えました。で、そのサマソニを終えて、またすごい自信が付きました。
 
──マリンステージ(千葉マリンスタジアム)でも、オーディエンスの顔は見えますか?
 
YOSHIKI:見えますよ。やはり「JADE」のど頭の辺りはヨーロッパと同じ感じがしたんです。北米のロサンゼルスも同じ。最初の頃は少し様子を見ているなって…。でも「Rustyt nail」くらいからは一気にブレイクしてきた感じがして、その後は自分たちもどんどん上がっていって、「X」になったら本領を発揮できたという感じですね。すごく伝わりました。
 
──マキシマム ザ ホルモンのファンもレッチリ・ファンも、みんなXジャンプしましたよ。感動的でした。
 
YOSHIKI:そのサマーソニックで、自分たちはそこにいた人たちから一層パワーをもらったんです。その後のa-nationも、しかもシークレットゲストだったので超アウェイだと思っていたので、「もうそこはぶちかましていこう」とステージに立ったんですが、みんな凄くのってくれて、それもすごく嬉しかった。ロックというよりポップス・フィールドの人たちが温かく迎えてくれて、最後はみんなXジャンプしてくれて、それも更に自信につながりました。
 
──そして南米に突入と。
 
 
▲X JAPAN 201年9月11日(日)ブラジル サンパウロHSBC Brasil 
  
▲X JAPAN 2011年9月14日(水)アルゼンチン ブエノスアイレスTeatro Colegiales 
YOSHIKI:このまま南米いくぞ!と思っていたら、南米は逆に熱すぎて…。熱狂度がすごいんですよ、お客さんが始まる前からウォーって。これはしっかり気合い入れていかないとお客さんの熱気に負けちゃうんじゃないかと思うくらいの感じでしたね。びっくりしました。先入観も何もなしに楽しんでいるという。すごかったですね。
 
全てが順調に進んだかのように見える世界ツアーだが、韓国ツアーでは生命線ともいえる左人差し指を負傷していた。ツアーを組んだ以上、何が何でもやり遂げることが重要なことだが、一方で、「明日がないようなライブ」をやってしまう自分がいるという。むしろ、明日のための保険をかけたぬるいライブはやらないのが「無敵」の精神でもあるし、むしろ「明日のないライブをやるべきだ」ともYOSHIKIは明言している。
 
YOSHIKIのセットは1mm単位でデリケートにセットされている。ほとんど目をつぶってドラムを叩いているため、ちょっと位置がずれるだけに大怪我につながってしまうからだ。韓国でのライブではたまたまシンバルの位置がずれてしまい。それを直そうと思いながらも全力で叩いたことで、指をスネアのリムで叩き挟むという事故が起こった。
 
その場では出血した血を吸いながら叩き続け無事ステージは終えたものの、その後腫れつづけ、上海に到着後ホテルで骨折の診断を受け、総合病院に緊急搬送となった。運良く骨折は免れており全治2週間という診断だったという。
 
 
▲上海のホテルにて 
 
▲X JAPAN 2011年10月30日(日)上海Shanghai Grand Stage 
YOSHIKI:明日のないライブをやるべきだと思っているんですけど…その後韓国で指をかなり大怪我しちゃったんです。痛くてもう触れないくらい。上海の時はなるべくこの指を使わないでピアノを弾くようにしました。ドラムは勢いでいっちゃいますけど、ピアノがすごく辛くて。本当は「白鳥の湖」を弾こうと思っていたんですけど、人差し指を使う頻度が多すぎて、急遽変更しました。「ENDLESS RAIN」もリハーサルで弾き方を変えて、人差し指を使わずに弾きました。
 
──そんなエピソードもあったんですね。
 
YOSHIKI:でも、折れててもやろうと思いましたよ。できるかぎりなんでもやる、極端に言えば、腕が折れててもやろうと思っていたくらいなので。今回の世界ツアーは、日本でのドームと違って目の前にお客さんがいて、僕達が飛び込める距離にいたんで、自然と昔のパンクロック精神みたいなのが蘇ってきちゃっていました。最初のスタッフがびっくりしていたんですよ。ロサンゼルスで飛び込んだら、「何をやっているの!もうそんなことやめてね」って(笑)。「これからツアーが始まるんだから、大切な身体なんだから」って言われて「あぁ、そうだね、気をつけます」と言いながら、次から次へとやっちゃったんですけど(笑)。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
▲2010年8月15日(日)<X JAPAN WORLD TOUR Live in YOKOHAMA 超強行突破 七転八起~世界に向かって~>真夏の夜 
──ステージから世界中のオーディエンスをみて、彼らはX JAPANに何を求めているのだと思いますか?
 
YOSHIKI:1997年に<ラストライブ>があって、HIDEのことがあった時点でアーティストYOSHIKIは1回死んだと思っていたんです。自分はもう裏方に回ろうくらいに思っていて、音楽は続けたいから、作曲家かプロデューサーで生きていこうと思っていたから。今思うのは、それがまた、こういう風になったということは、たぶん自分はファンの人たちに何かの使命があって生かされているんだと思えてきた。「だから怖いものがない」っていうか、ある種の使命なんじゃないかと思っています。
 
──それを全うしていかなきゃいけないのだ、と。
 
YOSHIKI:はい。そういう風に生かされている機会を与えられたのであれば、それは使命感という中で、世界を回れば回るほど自分たちが日本人ということを意識します。僕は日本人であり、アジア人であるということ。…多分、アジアのアーティストで世界でトップに立った人ってまだいないんじゃないかな。
 
──ロックフィールドでは、いないかもしれませんね。
 
YOSHIKI:クラシックではヨーヨー・マとかいますけど…それを成し遂げたいです。ただね、X JAPANがあの時解散しないで続けていけたらそれが成し遂げられたものなのかは分からない。「僕達ってあのまま続けていたらどうなってたんだろうね」とToshIとも話をしたんですが、「でもその10年間の空白は必要だったんじゃないかな」とToshIに言いました。HIDEのこともあるから必要な10年間とは前向きに捉えることはできないけど、それは必要なものだったと意識すればこそ、今から自分たちにどれくらいの年月が残されているか分からないから、ある意味生き急いでそれをやってみたい。
 
──世界でトップに立つための道しるべはX JAPANの中にこそあるということですか?
 
YOSHIKI:海外を回ったらある程度わかると思ったんです。悪く言うと、自分の限界が見えるだろうと。でも、それが見えなかったんです。限界というより、逆に先が見えたと言うか、これはできるんじゃないかっていう。
 
──オーディエンスが熱烈に求めるものを肌で知ることができれば、それに応えることこそが正義かもしれませんね。
 
YOSHIKI:そうですね、ただ…アルバムをすぐにでも仕上げなきゃいけない。エージェントからもマネージメントからも言われるのは「新作アルバムなしでツアーを回っていること自体がクレイジーだ」と…。
 
──クレイジー…褒め言葉ですね(笑)。
 
YOSHIKI:ニュー・アルバムが完成していないことの言い訳をするつもりじゃないんですが、これまで何十年も繰り返されてきた、アルバムを出してツアーを回る、アルバムを出してツアーを回る…そのパターンって崩れてきているんじゃないかと思うんです。
 
──肌で感じますか?
 
YOSHIKI:感じます。何か一旦全ての常識を取り払って音楽業界を考えないと、今までの延長線上で考えていると、それ自体が既に時代遅れな気がするんですよ。
 
──全くその通りと思います。これまでのレコード業界を支えてきた原盤ビジネスは崩壊し、原盤ビジネス=レコード業界=音楽業界は衰退の道を辿り、完全に斜陽です。でもね、“音楽カルチャー”は決して斜陽ではないから。
 
YOSHIKI:そうなんですよね、それをX JAPANはツアーを回って実践してきたと思っています。アルバムを出して、アルバムの宣伝のためにツアーを回るという感覚ではなくて、X JAPAN自体を盛り上げるための活動であり、原盤ビジネスはあまり意識されないで世界を回っていたから。
 
──今、最も時代の先端を走る、次代を牽引する尖った存在だと思います。
 
YOSHIKI:それもファンのおかげなんですよね。
 
──X JAPANの本当の凄さはここですね。
 
YOSHIKI:自分たちは無謀でね、レーベルも定まってないんで、日本だと配信はエイベックス、DVDはジェネオン、ユニバーサル、「JADE」の配信はアメリカはEMI、それ以外はウィリアム・モリス・エンデヴァー経由で各国に回したりしている。全てアーティスト主体で動いているというのは、凄く大変なんですけど、自由で強いんじゃないかと思いますね。
 
──エクスタシー・レコードというインディーズレーベルの経験とメジャーど真ん中、そして現代の360度展開まで、全ての活動形態を掌握しているのもモンスター所以ですね。
 
YOSHIKI:インディーズの経験があったから今できるのかもしれないですね。今こそ、何もない状況でやってきた昔に近いかもしれない。
 
──とはいえ、ニューアルバムは待ち焦がれているんですが。
 
YOSHIKI:…そうなんですよねぇ、実はアルバムの形態も実はすごく悩んだんですよ。Violet UKでも悩んでいたんですけど、今のこの時代に十数曲並ぶものを出して何の意味があるのだろう、と。何でアルバム形態で出すのか、3~4曲のマキシシングルのようなものを何個か出していくべきなのか、1曲ずつ配信でいくべきなのか…。これまでも散々やってきたんですけど、「アルバムを出して、ツアーを回ってくれ」って言われるたびに、「何で?」「何のメリットがあるの?」と思う。
 
──感度高い発言ですね。
 
YOSHIKI:「業界はアルバムを求めているから」って言われるんだけど、僕達は業界に対してではなく、ファンに対して何を求めているかっていうことだから(笑)。多くが配信ベースになっている今、アルバムを聞くこと自体が、求められているものじゃなくなってきていますよね。その中でどうやってアルバムのコンセプトを作っていくかを考えると、むしろそれはコンサートの流れに則したアルバムを作ろうか…とか、ずっと悩んじゃっていたんで。
 
──素晴らしい。
 
YOSHIKI:エンターテイメントなので、そこはいつも考えていますね。僕は基本的に作曲家であり、それを演奏するパフォーマーなんですけど、それをどうやってオーディエンスのところへ届けるかというのをインディーズの時からいつも考えていたんで、単純に作って演奏してハイどうぞ、じゃなくてね。
 
──興味深いです。もう今の時代、アルバムのためのアルバムなんか作ってほしいとは思いませんから。
 
YOSHIKI:今はツアーが終わったばっかりで頭の中は真っ白に近い状態ですけど、この何週間でもう一度ツアーを振り返ってツアーでやった意味、何のために今どんな目標に向かっているのかを見極めないといけない。X JAPANもそうです。単純にコンサートやってお客さんも盛り上がって良かったね、楽しかったね、じゃなくて。その次に何をやらなきゃいけないのか、使命感をもっていかないと。
 
──向かうべきものは?
 
 
 
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YOSHIKI:もちろん、最大のゴールは世界一のロックアーティストになるということだと思います。その過程の中には、もちろんアルバムというものもあると思うんですけど、出したらそれをどうやってプロモーションするのかどういう形態でどういう風にやるのか、それで次は自分はどこにいくのか。これからアルバムを完成させながらちょっとだけ自分に時間を与えて考えていきたいと思います。
 
──楽しみです。
 
YOSHIKI:本当にオオカミ少年みたいなんですけど、アルバム自体は本当にほとんどできているんですよ。あとはエンディングやSEの演出部分だけのようなものなんです。でも、それこそアルバムをどのように聞いて欲しいのか、どういう方向で売っていくかに大きく関わるところなので。
 
──とても大事なところですね。
 
YOSHIKI:非常に大事です。CDを買う人を中心に考えるならこうだろうけど…でもこういう形でダウンロードされたら凄くつまらないな…とか、やっぱりどのように流通されるかで変わっちゃうんで。
 
アーティストの自己表現が本当に自由になった今、曲の長さ、曲と曲とのつながりさえも、既成概念にとらわれる必要はなくなった。その後YOSHIKIからは熱を帯びた言葉がたくさん飛び出した。「なんでみんな曲の長さって3分、4分、5分なの?」YOSHIKIは首をかしげる。CDという79分58秒99トラックを上限とするパッケージに縛られた自己表現はつまらない。「3時間、4時間のアルバムって今ならできますよね?別に15分でもいいことですし…」
 
「例えばね、今まではみんなお皿に料理を盛っていたと思うんです。お皿の大きさが決まっていた。でも今はお皿の大きさも何もないわけですよ。好きな所で好きな料理を作れるっていう。もちろんファンの人たちのお腹の大きさは決まっていると思うので、何十杯も食べられるわけではないし、あんまり少なすぎてもいけないけれど。その中でアルバムは考えていかなきゃいけない。」──YOSHIKI
 
作品を生み出し表現し伝えるアーティストとして、YOSHIKIは最後に研ぎ澄まされた感性を吐露して微笑み返した。世界中にたくさんのファンが待っていることを、改めて「世界ツアーを回って成長しました。夢を見ているみたいです」と謙虚に受け止め、アルバム完成を目前に、苦しみを抱えながら「前へ向かってがんばります」と、瞳を輝かせた。
 
音楽を取り巻く環境は、インターネットにより急激な変容を見せた。変化と適応を見せない組織やアーティストは次々と倒れ消え去ることだろう。X JAPANが見せる活動の裏には、グローバル化した日本の音楽産業が世界でどのように響いていくのかを占う、未来を透けて映し出す羅針盤がみえる。1980年代にエクスタシー・レコードで日本のロックの歴史を塗り替えたX JAPANこそ、2010年代を切り開く偉大なるフロンティアである事実を、今ここに刻みとどめておくために、本稿を執筆した。
 
text by BARKS編集長 烏丸
 
 
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誕生日おめでとう!!

この1年は本当に怒涛の1年だったと思いますが。
いや…毎年怒涛ですかね?(笑)

でも本当にお疲れ様でした!
そしてこれからの1年はたぶん撒いた種の収穫になると思いますが、
大暴れしちゃってください!!

アレは待たずに楽しみにしています!!(笑)
X史上最高傑作が出来上がりますように!!
2012年01月04日
BLOOD RED DRAGON #3 発売
 
http://forbiddenplanet.com/80065-blood-red-dragon-3/
 
凄いペースで発売しますね…。
まあ漫画ならば普通かな?
で、アニメは?(汗)
 
 
これ…。
前回TWITTERなどでお騒がせしましたが、
どうしても配送されないので、
どうしたらいいのか迷っていましたら、
TWITTER上で教えてもらいまして。
購入手続きをした後に、
さらに確認のメールを送らないとダメなんですね?
 
ということで…。
 
無事に1巻が届きました!!
 
が…。
 
同時に購入し「SHIPPED」と表示されているのに、
何故か0巻だけが届かない…(汗)
カードでも引き落とされているんですけどね…。
まあ…海外での購入なので覚悟の上で購入しているので
仕方ないといえば仕方ないのですが…。
 
もしかして売り切れているのでしょうか?
どこか他の場所で購入出来ないものですかね?(汗)
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ナタリー
 
X JAPANのライブDVD「THE LAST LIVE 完全版」がリリースされた。これは1997年12月31日に東京ドームで行われたライブの模様を完全収録した映像作品。伝説として語り継がれている解散ライブの模様を、余すところなく味わうことができる。
 
ナタリーではこのDVDの発売を記念し、来日中のYOSHIKI(Dr, Piano)にインタビューを敢行。2007年10月にX JAPANの再始動を果たして以降、精力的な活動を続け、先日ワールドツアーを終えたばかりの彼に、さまざまな話を訊いた。
 
 
常に「もう明日はない」という気持ち
 
 
──ワールドツアーの大成功、おめでとうございます。
 
ありがとうございます。
 
──体調はいかがですか?
 
ちょっと無理しすぎたんで、これからアメリカに戻って検査入院ですね。多分大丈夫だと思うけど。
 
──激しいツアーでしたからね。
 
2年ちょっと前に首を手術したんですけど、そのときからこの3本の指(左手の中指、薬指、小指)がしびれちゃってて、それが治ってないんですね。だから今でもしびれをとる薬を飲んでて。医者には「もうドラムは止めろ」って言われてるんで、最初はやっぱりセーブしようと思ってて、でもコンサートが始まっちゃうと、もうどうにでもなれっていうか。
 
──熱くなってしまう?
 
「もう明日はない」くらいの気持ちでずっとやり続けてきてますからね。先のことを考えてセーブしたくない。本当に毎回真剣勝負です。
 
 
未来によって過去は変えられる
 
 
──そんな中「THE LAST LIVE 完全版」のDVDがリリースされました。YOSHIKIさんご自身もあのライブの映像を観るのは久しぶりだったのでは?
 
そうですね。普通はDVDとかってコンサートが終わってすぐ出すものだと思うんですけど、でも当時は映像を観ることができなくて、2年後くらいにレコード会社の社長さんに「出したほうがいいです」って言われて、がんばって編集を始めたんですけど、そのときは最後までたどりつかなかった。「ENDLESS RAIN」までが限界だったんですね。もう泣きながらずっと観てて。でも10数年の月日が経って、今このワールドツアーを回っている中で、過去にちゃんと向き合った上で、未来に向かおうって思えるようになったんです。やっぱりラストライブっていうのはすごく大事な区切りだったんで。
 
──そう思えるようになったきっかけは?
 
やっぱり今の活動があるから過去に向き合えるようになったんですよね。あの頃はもう絶望的な気持ちだったし、ラストライブは悲しみと苦しみの中で、すべての終わりとして行われたから。特にそのあとHIDEが亡くなってしまったときには、もうX JAPANの再始動なんて絶対ないと思ってた。自分はもうプロデューサーや作曲家の道にいこうと思ってましたし、アーティストとしてこうやってまたパフォーマンスすること自体、あんまり考えられなかった。そういう時期がずっと長く続いていたんです。
 
──でも今、X JAPANで本格的な活動を再開させているわけですよね。
 
夢のようなことだと思ってます。
 
──しかも当時は果たせなかった世界進出が現実のものになっている。
 
そうですね。あのときは世界進出を成し遂げられないまま終わってしまったっていう悔しさがあって。自分の人生で初めて挫折した瞬間でした。僕がいつも思ってるのは、失敗っていうのはあきらめた時点で失敗であって、あきらめなければ失敗にならないんですね。でもラストライブをするということは、成し遂げないまま終わるということですから、「ああ、できなかったんだ」って。
 
──その悔しさをずっと抱え続けてきたわけですね。
 
そう。でもこの10数年の月日を経て、今また世界に向かうことができているんです。僕は昔何かのインタビューで「未来によって過去は変えられる」って言ったことがあるんです。今この現在がなかったら、あれは悲しい過去のままだった。でも今は前に進んでるから、あのラストライブも通過地点だったと思えるんです。ピリオドじゃなくて、カンマみたいなものだったんだって。
 
──そう考えると不思議ですね。あのときできなかったことが、今は自然な形で実現している。
 
本当に毎日起きるたびに自分は夢を見ているんじゃないかって思います。自分は幸せな人生を送ってるんだなって。解散してからの10年くらいの間にネットが著しく進化して、X JAPANの音楽がYouTubeで広まっていったり、ほかのヴィジュアル系バンドが活躍することでヴィジュアル系自体が世界に広まっていたり。そして気付いたら世界中にX JAPANのファンが増えてたんですよね。
 
──X JAPANがあの当時撒いていた種がどんどん広がっていったんですね。
 
「音楽は国境も年齢も人種もすべてを超えていく」って、昔偉そうに言ってたことがあるんですけど、それが今現実になっていて自分でもびっくりしてます。ラストライブのときに自分は一回死んだと思ってたけど、今はファンの人たちの思いで生かされてる。そういう気持ちで生きているので、逆に怖いものがなくなっちゃいましたね。
 
 
やっぱりサビは「紅に染まった」って歌うべき
 
 
──ワールドツアーはどの国も大盛況でしたが、X JAPANはなぜ海外のファンにこんなに支持されてるんだと思いますか?
 
月並みかもしれませんけど、やっぱり努力は必ず報われるっていうか、いつも真剣に音楽に向き合ってきたからじゃないですかね。本当に伝えたい音楽を気持ちを込めて作る。あとライブも、ノルマをこなすようにやったライブはひとつもなくて、すべてに全身全霊を込めてきた。もちろん戦略的に考えてる自分もいますけど、最終的にはいかに純粋に音楽に打ち込むか。それが人の心を打って、時代の壁も人種の壁も超えられるんだと思ってます。
 
──音楽性についてはどうですか? X JAPANの音楽にはどこか日本的な情緒とか、わびさびみたいなものがあって、そこが海外の人に強く支持されている面もあるのかな、と思うんですが。
 
僕もすごくそう思います。洋楽の影響を思いっきり受けて、同時に日本の音楽の影響も受けて、その両方を自然に混ぜたものがX JAPANだと思うんですよ。僕は日本のポップスもクラシックもいっぱい聴いてきたし、もちろん洋楽のハードロックもパンクロックもヘヴィメタルも全部聴いてきて、それを一回自分の中に入れて、結果出てきたのがX JAPANの音楽で、それが逆に洋楽ファンから新しいって言われますよね。
 
──そういえばワールドツアーでは日本語と英語の歌詞を混ぜているそうですね。
 
最初、北米ツアーのスタートは全部英語の歌詞で始めたんです。でも途中から「この曲はやっぱり日本語のほうがいいんじゃないか」って話になって。例えば「紅」っていう曲があるんですけど、北米ツアーの途中で、やっぱりサビは「紅に染まった」って歌うべきだっていうのでそこは日本語にしたり、「Rasty Nail」はニューアルバムには多分全部英語バージョンで入ると思うんですけど、北米ツアーの後半ではわざと部分的に日本語を入れてみたり。
 
──面白いですね。
 
僕らが洋楽が好きで英語を一生懸命勉強して歌ったように、海外の人たちが日本語を勉強してサビを一緒に歌ってくれるんです。
 
──そういった日本的な要素は、X JAPANのひとつの芯になっている気がします。
 
「紅に染まったこの俺を」だからね(笑)。どこをとっても日本ですね。
 
 
解散前は何か大切なものを忘れてしまっていた
 
 
──再結成してから4年が経ちますが、復活後のX JAPANはLOLLAPALOOZAやSUMMER SONIC、a-nationといったフェスにも出演していますよね。90年代は対バンやイベント出演をほとんどせず、孤高のバンドというイメージが強かったんですが。どういう心境の変化があったんでしょうか?
 
一言で言うと、初心に返ることができたんだと思います。今回の海外ツアーもそうなんですけど、極端に言えば、お客さんがいてくれれば自分たちは電球1個のステージでもやるんだっていう意識でいるんです。やはりこれだけたくさんの国を回ってると、うまくいかないことがいっぱいあるんですよ。機材が届かなかったりとか、電源が間に合わなくて発電機使ってやんなきゃいけないとか、楽屋がないとか。
 
──日本では考えられない状況ですね。
 
昔、ラストライブ前のX JAPANは東京ドームしかやってなかったんです。毎年東京ドームしかやってなくて、極端な話、楽屋に入ったらフランス料理のコースが用意されてる、みたいな(笑)。足を机の上に乗っければ誰かがブーツを履かせてくれる。ドラムセットが3台用意されてて1個壊したらまた次が出てくる。そういうところまで行っちゃってたんです。
 
──なるほど。
 
メンバー同士の会話も、その間にマネージャーがいてそれぞれマネージャーを通して伝える、みたいなことになってて。でも俺たち目の前にいるじゃん、って。そういう状況の中で、気付いたら何か大切なものを忘れていた気がするんです。自分たちが音楽をやれる環境にいて、それがいかに幸せかっていうことを。
 
──渦中にいるときは気付かないものなんですね。
 
一旦バンドを解散して、ToshIとも一回離れて、その10年間の空白の中で自分の置かれていた状況のありがたさがわかったんです。北米ツアーの前にLOLLAPALOOZAに出たんですけど、イベントだし当日リハーサルとかないんですよ。ぶっつけ本番。出番前に自分でドラムをチェックして、演奏中も壊れちゃって直しながらやらなきゃいけない(笑)。そんなのから始まって、北米ツアー中もトラブルが次から次へと起きて、やってるうちに初心に返れた気がして。昔ライブハウスを回ってたときは、当時免許証持ってるのが俺とHIDEしかいなかったんで、いつも俺かHIDEが運転してたんですよ。自分たちで運転して機材も自分たちで運んでた、その頃の気持ちに今やっと戻れたんですよね。
 
──その流れの中で国内の大型フェスへの出演もありましたが。
 
サマソニに出たのも、僕が呼ばれた知人のディナーの席にサマソニの関係者の人がたまたま来てて、そこで「今度サマソニとか出てみたいんですよね」って言ったら「本当に出ます?」「出ます出ます」みたいな。それで今回実現したんです。フェスはいいですね。アウェイ的な雰囲気もX JAPANには結構似合ってると思うし、初めて観た人を魅了してファンにしようっていう、昔はいつもそういう感覚だったんで、そういうのを今楽しみながらやってる感じです。
 
 
世界市場では新人バンドですから
 
 
──特に90年代の後半は、X JAPAN自体が巨大なプロジェクトになっていましたが、その時代と比べると、今はフットワーク軽く活動している印象がありますね。
 
海外だと当然「あんたたち誰?」みたいに言われることもありますからね。場合によってはプライドとかズタズタにされるわけです。それでも前に進んでいきたいと思ったら、やはり初心に返るしかない。世界市場で考えれば、まあ新人バンドですからね。
 
──以前のX JAPANと復活後のX JAPANで、メンバー間の関係性は変わりましたか?
 
まあ、そうですね。海外ツアーを回ってると、一緒にいる時間がすごく多いんです。必要最小限のスタッフで動いてるんで、メンバー同士の距離が近まるんですよね。ツアーバスで一緒にお酒を飲んだりとか。バンドらしくなってきてますね。
 
──じゃあ今後の活動にも期待できそうですね。
 
再結成して最初に東京ドーム3DAYSをやったときは、X JAPANがこの先続いていくのか、そのときだけのものなのか、まだわからなかったんですよね。ラストライブが強烈すぎて痛みしかなかったんで、ちゃんと再結成をして有終の美を飾る、ピリオドを打つのが目的だったところもあって。でもやっぱりやるからには同窓会みたいなライブはしたくないし、常に進化していきたい。だから今回のツアーも新曲と昔の曲を50%ずつにして、今のX JAPANを観てほしい、再結成前のX JAPANに負けたくないって思いながらやってます。
 
 
ニューアルバムはほとんど完成している
 
 
──ところでニューアルバムの制作は順調ですか?
 
本当はヨーロッパツアー前に完成させようと思ってたんですけど(笑)。
 
──では、今はほぼ完成に近い感じでしょうか?
 
はい。もうボーカル録りは終わってますし、ドラム録りもほとんど終わってる。ただもう1曲入れたいなと思って、そこで悩んじゃってるんですけど、基本的にはできてます。
 
──どんな内容になりますか?
 
新曲と旧曲が入り乱れてる感じで。今現在考えられる最高のX JAPANをこのアルバムで出したいんですよね。海外だと新人バンドですし「これがX JAPANだ」っていう名刺になるようなアルバムに。
 
──旧曲は英語バージョンで収録されるんですか?
 
北米ツアー前は100%英語にしちゃおうと思ってたんですよ。でもツアーの途中で、これは意図的に日本語を入れたほうがいいだろうって。とはいっても日本語が2割を超えることはないと思うんですけど。
 
──まだ我々が聴いたことのない新曲もあるわけですよね。
 
ありますね。今のX JAPANを感じてもらえると思います。
 
──発売はいつ頃になりそうですか?
 
明日出せって言われたら今できてる曲だけで出しちゃうこともできるんですけど……。
 
──あと1曲が決まらない?
 
そうですね。あとはアルバムの意味っていうのがここ数年で変わってきてると思うんです。今これだけ配信がメインの時代になって、どのようにアルバムのコンセプトを伝えるべきなのか、そもそも「アルバムって重要なの?」って思ったりもして。そのあたりでちょっと悩んでる部分はありますね。
 
 
英語詞にあえて日本語のアクセントを取り入れる
 
 
──レコーディングは長期間に及んでいますが、実際何にそんなに時間がかかっているんですか?
 
まあ、自分でもどこかで区切りをつけなければいけないと思うんですけどね(笑)。具体的には、例えば「JADE」という曲をこの前配信しましたけど、そのあとにマスタリングを世界のトップと言われてる4人にやってもらったんですよ。
 
──え、じゃあ完成形が4パターンある?
 
その中から一番いいものを選ぼうってことですね。あと自分のスタジオでいつでも最高のレコーディングができる環境があるっていうのが実は逆に良くなかったかも(笑)。機材が多いからチョイスに時間がかかるっていうのもあるし。
 
──贅沢な悩みですね(笑)。
 
まあ、でも昔から時間がかかるバンドなんですよね。1つひとつの部分を細かく見すぎちゃうんです。気付くと全体像が見えなくなって、あとから全体像が見えたら「やっぱりもう一回やり直そう」って。ボーカルも今回は英語がメインなんで、ToshIも発音がんばってくれてるんですけど、かと言って僕らはアメリカ人ではないんで、多少日本語っぽい発音も取り入れるべきだっていうことで、ずっとチョイスを続けていたり。
 
──あえて日本語っぽい発音に?
 
そうですね。単純にきれいな英語にはしないで、この部分にわざと日本語のアクセントをつけてみようとか。
 
 
90年代は壊す壁が見えなくなっていた
 
 
──再結成後、音楽性に変化はありますか?
 
意識的に変えようっていうのはないですけど、とにかく自分ができる最高の曲を書こうと思ってて。自分の心を打たない曲が人の心を打てるわけがない。自分が聴いて感動する曲を書こうと思っています。
 
──X JAPANのリーダーはYOSHIKIさんですが、実は楽曲にはメンバーそれぞれの個性も色濃く出ていますよね。SUGIZOさんの加入がサウンドに与えた影響はありますか?
 
そうですね、彼はバイオリンも弾くし、広がったっていうのはありますね。「JADE」のソロとかもSUGIZOに何パターンか弾いてもらったり、音色にしても「このへんに好きなノイズを入れてみて」って言ってあとで選ぶっていう。
 
──やっぱりバンドですね。
 
うん、ギターにしてもベースにしても音作りは基本的にまかせてます。でも僕の指示も細かいですけどね(笑)。
 
──お話を伺っていると、今のYOSHIKIさんはすごく楽しそうに見えるんですけど。
 
そうですね。やはり世界に向かってるっていうのがあるから、どんな苦しいことも前向きに考えられるんだと思います。
 
──解散前にあった悲壮感みたいなものが今はずいぶん薄れて、明るく楽しい部分が出てきているように感じます。
 
あの頃はインタビューとかでも「もうX JAPANなんてバンドじゃない」なんて平気で言ってましたからね。
 
──今はそうは思わない?
 
意識的にバンドにしようとしてますよね。そうじゃないといいステージはできないし。
 
──やはりYOSHIKIさんの内面で何かが変わったんでしょうね。
 
例えば壁っていうものがあるとして、僕は壁を超えたり壊したりするときにすごく闘争心が湧くんですね。ただ、あの90年代の頃は壊す壁が見えなくなっていた。何をどう闘えばいいのかわからなくなってしまった感じがあったんです。でも今は、壁が高かろうが厚かろうが、それを何がなんでも壊していくんだって思える。目標が見えてるっていうのは大きいですね。
 
 
基本は病院かスタジオで過ごしている
 
 
──ところでYOSHIKIさんは今、毎日をどんな感じで過ごしているんですか? YOSHIKIさんの平均的な1日が気になるんですが。
 
ここんところはツアー回ってたし、もう無茶苦茶ですよね。基本的に不眠症なんで、めったに寝られなくて、だいたい2日に1回くらいしか寝ないんですけど。
 
──え、2日に1回?
 
はい。だからアメリカでも4人アシスタントがいて、僕が起きてる時間を常にカバーできるようになってます。夜とか昼とかあんまり関係ないんで、深夜の2時にスタジオ入って作業してたり。医者は「良くない」って言いますけど。
 
──そうでしょうね(笑)。今は基本的にロサンゼルスで過ごしているんですか?
 
住民票が向こうにありますからね。でもこれからはもっとヨーロッパとかアジアとかの比率を増やしていきたいな。
 
──ツアー中がない時期、起きてる時間は主に何をしているんですか?
 
基本的には医者に行ってるかレコーディングしてるかですね。結構体が弱かったりするんで、1週間に1回くらい点滴打ってもらって。あとはいつもスタジオにいます。
 
──趣味みたいなものは……?
 
昔はクルマが好きだったんですけどね。今はなんだろう……。あ、世界ツアーを回って、語学がやりたくなって、今はフランス語をずっと勉強してます。最近ではスペイン語とか中国語とかも。
 
──時間がいくらあっても足りないですね。
 
でも語学をやってるときって、ほかのこと考えなくていいじゃないですか。頭の中をそっちに集中できるんで楽なんですよね。何もない状態だとレコーディングのこととかツアーのこととか考えて疲れちゃうんですけど、語学をやってるときは落ち着くんです。
 
──では新しいアルバム、楽しみにしてます。そのあとはまたライブも?
 
そうですね。今度はアルバムを引っさげてっていう感じになると思います。
 
 
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modelpress
 
X JAPAN・YOSHIKI、ファッション・生活・女性について語る モデルプレス独占インタビュー
 
X JAPAN・YOSHIKIが12日、東京・国立代々木競技場第一体育館にて行われた日本最大級のファッション&音楽イベント「Girls Award 2011 AUTUMN/WINTER」にて、モデルプレスの単独インタビューに応じてくれた。
 
同日事前に行われた合同記者会見では、今年のX JAPANの南米ツアー、アジアツアーなどの活動、来年のニューアルバム発売についてコメント。さらに、人生最大の仕事になるかもしれないという来年初頭のハリウッドのプロジェクトなどについて語った。
 
会見後、YOSHIKIは楽屋にて終始リラックスしたムード。今回のインタビューではあえて音楽以外のパーソナリティに迫った。
 
◆YOSHIKIインタビュー
 
― 今年3月にYOSHIKIさんはファッションイベント「ASIA GIRLS EXPLOSION」をプロデュースされましたね。今回モデルでも出演されたということもあって、ファッションへの思い入れが特に強いように思いました。YOSHIKIさんはファッションについてどのようにお考えですか?
 
YOSHIKI:そうですね。ファッションは大好きですね。元々ヴィジュアル系なので、僕にとっては音楽と同じくらい大事なことです。イベントプロデュースよりモデルとして出演するほうが楽でしたね(笑)。
 
― 今注目していたり、好きなブランドはありますか?
 
YOSHIKI:今日の衣装もTシャツが「Roen」、ストールとサングラスは「Louis Vuitton」から提供してもらっていて好きなブランドですね。普段は、「GUCCI」、「Dolce&Gabbana」、「PRADA」、「Louis Vuitton」、「Dior」はチェックしています。今は日本のファッションも面白いので注目していますよ。
 
― シューズもいつもかっこいいですよね。
 
YOSHIKI:うん。シューズも日本のものが多いんですよ。うちのスタイリストは優秀なんです(笑)。
 
― YOSHIKIさんは世界各地に行かれていますが、女の子がおしゃれだなと思う国はありましたか?
 
YOSHIKI:ロンドンかな。個性的なファッションがいいですよね。日本の女の子もおしゃれだと思いますね。
 
― LAにお住まいですが、普段はどんなファッションをしていますか?LAはラフな人が多くてパジャマで歩いている人などもいますよね?
 
YOSHIKI:LAの人ってファッションに無頓着な人が多いんですよ。本当にパジャマとか。自由ですね(笑)。僕はLAに行っても人々の流れに逆らっておもいっきりオシャレを楽しんじゃう(笑)。
 
― 普段買い物に行くときなどはいかがですか?
 
YOSHIKI:そうですね。買い物で外に行くときもばっちりキメていきますよ(笑)。
 
― 今日はいつものX JAPANの時のヘアスタイリングと異なって、セットとカラーがスペシャルですね。赤メッシュが入っていてかっこいいです。
 
YOSHIKI:X JAPANでは、ライブが始まったら一発で髪もグチャグチャになっちゃうから意外と何もしていないんですよ。今日のステージのために特別にさっきカラーリングとセットをしてもらいました。赤を入れてみたんですよね。
 
- YOSHIKIさんと言えば常にヘアカラーリングしていますが、ヘアケアなどは何かされているのですか?
 
YOSHIKI:普段のヘアケアといってもトリートメントをしているくらい。特別なことは特にしてないんですよね。でも、今住んでいるLAの家にはスチームサウナがあるので、それに朝晩2回入っているのがいいのかもしれないですね。髪とか肌とかに良いみたいですよ。
 
― カラダづくり、トレーニングなどはどうやってされているんですか?
 
YOSHIKI:家にジムが2つあるので、2日に1回はトレーニングしています。
 
ツアー前は、上半身と下半身を分けたメニューでボディビルダー並に鍛えています。上半身は結構筋肉が付きやすくてすごい筋肉になります。ただ、ツアー中はあまり筋肉が付き過ぎるとドラムプレイしずらくなるので、軽いメニューを数回に分けてやるようにしています。
 
あと、いろいろサプリメントは飲んでますね。
 
― サプリメントですね。おすすめのサプリメントはありますか?
 
YOSHIKI:僕の場合は医師にきちんと調合してもらっているんですけど、最近はビタミンDを積極的に摂るようにしています。ストレスや疲れに効くみたいですよ。
 
― 食生活で気をつけていることはありますか?
 
YOSHIKI:ツアー中は炭水化物をあまり食べないようにしているかな。野菜など食物繊維はよく摂るように心がけていていますね。普段はファーストフードも避けてますよ。
 
LAだと食事を気を付けるのが大変なんですよね(あまりヘルシーな食がないので)。だから10年くらい専属のシェフを付けています。僕が最近ツアーで飛び回っているから今はシェフの食事は食べていないんですけどね。食事制限もしつつ、ツアーでは各国の料理を楽しんでいました。
 
中国ではずっと上海にいたので、中華料理ばっかり食べてましたね。つばめの巣が美味しかった(笑)。
 
― 首の腱鞘炎など、ファンも体調面を非常に心配していると思いますが、体調は現在はいかがですか?
 
YOSHIKI:首の腱鞘炎は良くないですね。(左手を動かして)指先がしびれたりします。でもそれは本当にもうしょうがないことなんで。
 
― LAでの生活はどんな感じですか?
 
YOSHIKI:スタジオに籠っていることが多いから、昼夜逆転の生活ですね。昼間はなかなか動けなくて。朝に寝て夜に起きる、まさにドラキュラみたいな感じかな。
 
― 今あえてお聞きしますが、どんな女の子がタイプですか?
 
YOSHIKI:優しい人がいいな(笑)。僕は、こういう不規則な生活をしているので、家に帰った時に手料理とか作ってくれる人に惹かれますね。
 
シェフじゃなくて恋人の愛情が込もった料理が食べたい(笑)。
 
― クリスマスの予定は?
 
たぶんスタジオで仕事していますね(笑)。X JAPANのニューアルバムの制作と今もうひとつ大きなハリウッドのプロジェクト(来年初頭のプロジェクト)があるので…。
 
― 話は変わりますが、YOSHIKIさんはglobe extreamのメンバーでもあります。最近KEIKOさんが倒れてしまったことについては、何か小室さんと話されましたか?
 
YOSHIKI:とても心配ですね。KEIKOちゃんとは直接はしゃべっていないけど、タイミングを見てお見舞いに行く予定です。小室くんとは今日電話で結構しゃべりました。おかげで遅刻しそうになってしまったんですけどね。病状は「峠は越えた」と言っていました。「僕ら(小室哲哉さん)はお互いに病弱なイメージがあって、KEIKOちゃんは元気なイメージだったのに、ショックだね」というような話をしました。
 
― 最後に「モデルプレス」読者は女性が多いのですが、いま夢に向かって頑張っている女の子たちへアドバイスをお願いします
 
YOSHIKI:夢は必ず叶うと信じることが大切。どっかで自分を疑っていると叶わなくなってしまうから。とにかく自分を信じて夢に向かって一緒に頑張りましょう。
 
― ありがとうございました。
 
 
◆「Girls Award」でモデルとしてウォーキング
 
この日の「Girls Award」では唯一の男性モデルとしてYOSHIKIが登場。X JAPAN「JADE」が大音量でスタートし、スクリーンにワールドツアー中のYOSHIKIの映像が映し出されると大歓声に包まれた。「Roen」のドクロTシャツに「Louis Vuitton」のストールとサングラスでコーディネート。全身黒のスタイリングにスタッズ使いのベルトとレースアップのロングブーツ。赤い薔薇の花を客席に投げながらランウェイを歩く様はまさにカリスマだった。
 
◆X JAPAN、南米ツアー、アジアツアーを完走。来年は待望のニューアルバム発売
 
2011年は、3月の「ASIA GIRLS EXPLOSION」、8月の「SUMMER SONIC」、「a-nation」の他、9月9日からチリ、ブラジル、アルゼンチン、ペルー、メキシコの5か国を回った南米ツアー、10月28日から韓国、中国上海、香港、台湾、タイを回ったアジアツアーなど精力的にライブを行った。
 
この日の合同記者会見では、「来年はニューアルバムをリリースして世界に出たい」というコメントもあった。
 
急逝したhideや元メンバーTAIJIについては、「hideの時もそうですけど、悲しみって後からドカンと来るんです。TAIJIが亡くなったとき一度日本に戻ってきて、彼が灰になってから会いに行ったんです。気持ちの整理ができてないけど、ここで僕らがくじけちゃいけない。メンバーを2人失ったことで、自分としては2人の分も背負って前へ前へ進んでいくしかないですね」と語った。
 
すべての想いを「背負う」覚悟で、さらなる未知の領域に挑み続けるYOSHIKI。今後の活動からも目が離せない。(モデルプレス)
 
 
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Amazon

YOSHIKIさんに直撃インタビュー
 
JAPANの東京ドームにて行なわれたラストライブ映像を収録した『X JAPAN THE LAST LIVE 完全版』 DVDが10月26日発売になりました。また、1996年12月30&31日に東京ドームで行われた「DAHLIA TOUR FINAL」の模様を完全収録した『X JAPAN DAHLIA TOUR FINAL 完全版』が12月21日発売です。このDVDの発売を記念して、X JAPANのYOSHIKIさんに直撃インタビューを遂行。皆様へのコメントもいただきました。
 
 
初めの挨拶
「THE LAST LIVE」は、X JAPANの歴史の中でひとつの区切りになる非常に重要なLIVEだと思っています。終わってからも、解散やHIDEのことなどあまりにも心が痛くて、しばらく自分でも「THE LAST LIVE」を振り返ることができませんでした。その何年か後にDVD化のために途中まで編集したのですが、やはりすごく辛くなってしまい、出すことが出来なくなってしまったこともありました。あれから10年以上の時が経って、今こうしてX JAPANとして世界を周っている中で、もう一回、原点というかあの時を振り返らなきゃいけないという気持ちに至り、今回のDVD化が実現しました。
 
 
Q:初めて買ったレコードを教えてください。またYOSHIKIさんのマイベストアルバムはなんでしょうか?
 
僕、元々クラシックしか聴いていなかったので、初めて買ったのはたぶん、小学校のときで、クラシックのアルバムだったと思います。それからずっとクラシックレコードを毎月買っていたのですが、ある日、レコード店にKISSのすごいメイクのジャケットが置いてあって、「何これ?」ってレコード店でかけてもらったのですけど、すごく気に入ってしまいまして。それがロックバンドを好きになった始まりです。クラッシックからロックに行って、その後に歌謡曲にいった感じ。変な順番になっちゃって(笑)。マイベストアルバムですか?ほんとにとにかくなんでも聴きますので、アメリカではダンスミュージックとかも好きでよく聴いていますし、そうですね、なんかごった煮なんでこれって決められないですね、僕の場合。自分でも意外なんですが、たまに落ち込んだときX JAPAN聴いたりすることがありますよ(笑)。励まされます!落ち込んだときいいんですよね、X JAPANって(笑)
 
Q:アジアツアー中、一番聴いていた曲は何ですか?
 
A:今回のアジアツアーは、韓国、上海、香港、台北、そしてタイのバンコクに行ったんですけど、その各地で一番ポピュラーな曲を勉強して毎回弾いていたんですね。たとえば韓国だとアリランっていう曲を1曲弾いてみたり。そういった曲を毎回各地で演奏するために聴いていました。それ以外は、コンサートで間違えないようにX JAPANの曲をずっと聴いてました(笑)
 
Q:アジアツアーで印象的だったのは?
 
A:すべて印象的だったんですが、特にタイのコンサートは印象深いものでした。あの洪水の影響で、仮にコンサートができたとしてもファンの人達が会場まで来られないかもしれないと言われていましたが、こういうときだからこそ「SHOW MUST GO ON」で前向きにがんばろうということで決行しました。実際に幕が上がったらなんと100%満員の状態で、中には泳いで来たって人もいたということを聞きまして。そこまでしてこの自分たちのコンサートに来てくれたということに本当に感動して、そういう人たちのためにも頑張っていきたいと感じました。東日本大震災では世界中の人たちが日本をサポートしてくれたように、お互いに助け合って前に進んでいこう、とメッセージを伝えあうことのできた意味のあるコンサートになったのではないかと思います。
 
Q:クラシック初心者の方にもおすすめの曲はありますか?
 
A:最初は聴きやすいのがいいですよね~、やっぱりショパンとかが聴きやすいんじゃないですかね。個人的にはチャイコフスキーが好きなんですけど、ラフマニノフとかメロディがきれいなのが入りやすいと思いますね。
 
Q:普段休みの日は何をされていますか?
 
A:元々、休み自体があまりないのですが、健康に気を使っているので、ヒマがあると病院に行っています(笑)。趣味が検査みたいな(笑)。あとはトレーニングをしたり、とにかく健康に気を使った生活と、スタジオの中に籠っている不健康な生活とが入り乱れているような感じです。
 
最後の挨拶
 
今のX JAPANがあるのは、ずっと支えてくれているファンの人たち、スタッフの人たちのおかげだと思っています。来年も世界中で精力的に活動していきたいと思っておりますので、ぜひこれからも応援よろしくお願いいたします。
 
 
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Girls Award 2011 個人撮影? YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=eocoA6OGED4
 
WWSブロードキャスティング その1 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=yoMTxJwqr2Q
 
WWSブロードキャスティング その2 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=yu5dBvP-Lo8
 
YOSHIKI自撮り映像 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=FXYLes09-zQ&feature=related
 
その自撮りの客観個人撮影 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=xoJ_dbTtExo
 
 
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BARKS
 
YOSHIKI、ハリウッドでビッグオファー?
 
11月12日(土)東京代々木体育館で行われた、日本最大級のファッション&音楽イベント<Girls Award>に、スペジャルゲストモデルとしてYOSHIKIが登場、観客を喜ばせた。
 
イベントには、国内トップモデル約100名が出演する中で、YOSHIKIはなんと唯一の男性モデルとして登場、XJAPANの「JADE」に合わせてロンドンパンクなファッションに身を包み、赤い薔薇を持ちランウェイを歩くというサプライズ演出に、25000人の観衆は大歓声をあげた。
 
会場入りがぎりぎり直前となり、主催者側はハラハラだったというが、YOSHIKI本人はゴキゲンに<Girls Award>を楽しんでおり、最後のグランドフィナーレでは自らケータイで写真を撮り、終始笑顔の様子。足掛け2年にわたって突っ走ってきたワールドツアーも無事終了し、やっと一息ついたところだけに、心からゆったりと楽しむひと時を味わえたことだろう。写真に写っている通り、楽屋裏ではjealkbのhaderu…じゃなくて田村淳(ロンドンブーツ1号2号)との交流も楽しんでいたようだ。
 
なお、この日も記者会見が行われたが、ここでは現在ハリウッドで非常に大きなオファーがYOSHIKIに来ていることを示唆している。これまでにないほどの大規模なもので、この後直ぐに米国に戻り制作に取り掛かる予定になっているとのことだ。
 
これまでも、天皇陛下御即位10周年の記念式典での奉祝曲「Anniversary」や、愛知万博開会式では、自らが作詞作曲した公式ソング「I'llbeyourlove」を約100人のオーケストラをまとめてタクトを揮う等、数多くの名誉ある音楽活動を重ねてきたYOSHIKIだが、マネージメント曰く今回は更に世界的な規模を誇るものだという。当然ながら相当のプレッシャーを受けているはずだが、音楽に対しての揺るがぬ自信は、オファー元もYOSHIKI本人も双方納得の素晴らしいプロダクトをこなすことになるだろう。現時点においては詳細は一切シークレットとなっているが、またひとつ楽しみが増えたようだ。
 
 
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シネマトゥデイ
 
YOSHIKI、天国のhideとTAIJIへの思いを語る!「二人の分を背負って、ライブを……」
 
[シネマトゥデイ映画ニュース] 12日、代々木第一体育館にてファッションと音楽の祭典「GirlsAward2011 AUTUMN/WINTER 」が開催され、ロックバンド、X JAPANのリーダーYOSHIKIが、スペシャルゲストとして登場して観客を魅了した。
 
今月8日に、洪水被害に苦しむバンコクで公演を行い、ワールドツアーを完走させたばかりのYOSHIKIは、赤いバラの花束を持ってランウェイに登場。客席に向かって、バラを投げ込むと、二万人の女性ファンからは、悲鳴に近い大絶叫が上がった。
 
 YOSHIKIがランウェイを歩いているとき、ステージ上のスクリーンに流れていたのは、10月26日から発売されている「X JAPAN LAST LIVE 完全版」。劇的な解散をとげた1997年に行われた、東京ドームでの伝説のライブを振り返ったYOSHIKIは、「あのライブのときは、これですべてが終わる……って、本当に絶望的な気持ちでした。それから10年以上の時がたって、まさかこうして、X JAPANを再結成させて、世界を回ることになるとはまったく思ってなかったので、信じられないような、夢は必ず叶うんだなって思いました」と話した。また、ショーの後にマスコミからの質問に答えたYOSHIKIは、亡くなったhideとTAIJIへの思いも吐露。「hideのときもそうですけど、悲しみって後からドカーンとくるもの。実は、TAIJIが亡くなったとき、一度戻ってきて、彼が灰になってから会いに行ったんです。自分でも強くなったと思うけれど、こういうときこそ前を向かなければと感じるんです。でも、逆に言えば、気持ちの整理ができてないだけかもしれませんね。hideとTAIJI、二人の大切なメンバーを失ったことは、僕もファンも悲しい。二人の分も背負って、ステージに立って行きたいです」と静かに語った。
 
 この日の囲み取材中、「実は、いまハリウッドからすごく大きな仕事のオファーがきているんです」と明かしたYOSHIKI。守秘義務があるため、まだ細かいことは発表できないようだが、作曲に関することであり、「もしも実現出来れば、これまでのキャリアで最高の仕事になるかもしれません」とうれしそうな表情を浮かべた。X JAPANのライブでは、今でも客席からステージの上にいないhideや、TAIJIを大声で呼ぶ声が聞こえてくる。YOSHIKIが話した「(TAIJIが亡くなったあとの)ツアー後半は、7人のX JAPANとして演奏していました」という言葉は二人の死を悲しむファンにとって一番の励みになったのではないだろうか。(編集部:森田真帆)
 
 
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Fashionsnap.com
 
スペシャルゲストにYOSHIKI、「ガールズアワード2011」3万人が来場
 
ファッションと音楽の融合イベント「Girls Award by CROOZ blog 2011 AUTUMN / WINTER」が2011年11月12日、東京・渋谷の国立代々木競技場第一体育館で開催された。今年の来場者数は延べ3万人(公式発表)。「LUMINE(ルミネ)」の初プロデュースによるスペシャルステージを展開したほか、ロックバンド「X JAPAN(エックス・ジャパン)」のリーダーYOSHIKさんが登場。イベント終盤には「2NE1(トゥエニィワン)」によるライブパフォーマンスが実施され会場全体が大興奮の渦に包まれた。
 
ファッションと音楽の2つの世界を混ぜ合わせ、互いの魅力を最大限に引き出すという新たなアプローチから生まれた「Girls Award」。初参加の「LUMINE」は、スペシャルステージ「LUMINE FLASHBACK 60's/80's」を開催。今秋のトレンドとして話題のガルボハットや深紅の口紅をつけた加藤 夏希、トリンドル 玲奈、藤井 リナら14名が登場した。そのほか、60年代や80年代のレトロスタイルを取り入れ、「BEAMS(ビームス)」、「FREE'S MART(フリーズマート)」、「CANNABIS(カンナビス)」、「SLY(スライ)」などの24ブランドが集結した。
 
 スペシャルゲストのYOSHIKIさんは、赤くライトアップされたランウェイを薔薇の花束を持って優雅にウォーキング。MCの魔裟斗(まさと)さんに、先日まで行われていたワールドツアーについて問われると「今年に入ってからヨーロッパ、南米、そして東南アジアに行ってきた。タイは洪水の問題で大変だったけどなんとかやりきれて良かった。こうやってモデルとして出られて嬉しい。ありがとうございます」とコメント。多くの観客が見守る中、笑顔を見せステージを後にした。
 
 ライブステージでは、ベッキー♪♯やトラックユニット「STUDIO APARTMENT」などが新曲や話題曲を披露。韓国出身の4人組ガールズグループ「2NE1」がパフォーマンスステージのフィナーレを飾った。
 
 
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ORICON STYLE
 
YOSHIKI、“モデル”出演 笑顔でウォーキング披露
 
ロックバンド・X JAPANのYOSHIKIが12日、東京・国立代々木競技場第一体育館で行われたファッション&音楽の祭典『GirlsAward AUTUMN/WINTER 2011』にスペシャルゲストモデルとして登場し、ランウェイを歩いた。大歓声に迎えられ、バラの花束を手に登場したYOSHIKIは、時折笑顔をのぞかせながら客席にバラを投げるパフォーマンス。ファンに手を振り、「こうしてモデルとしても出られてとっても楽しい1年間でした」と語るなど堂々のウォーキングを披露した。
 
 開催4回目となる今回は「アドベンチャー」をシーズンテーマに各ステージを展開。ゲストMCをロンドンブーツ1号2号の田村淳、MCを魔裟斗、フジテレビアナウンサーの松村未央、山崎夕貴が務め、ゲストモデルとして小倉優子、加藤夏希、木下優樹菜、桐谷美玲、熊田曜子、Juyeon、Nana(AFTER SCHOOL)、冨永愛、はるな愛、藤井リナ、舟山久美子、ほしのあき、南明奈、優木まおみ、ローラらが登場し、会場を盛り上げた。
 
 イベント出演後、報道陣の取材に応じたYOSHIKIは、女性が大半を占める会場を「X JAPANのコンサートはだいたい男女半々なので、今日はまぁ、いいですよね」とニッコリ。この日は「ロック色を強めに、ロンドンパンクのような」コーディネートだといい、「やっとツアーが終わってリラックスできました。それで今日は気が抜けて遅刻しそうになっちゃった」と安堵の表情を浮かべていた。
 
 
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club.zy
 
YOSHIKI:ハリウッドから“人生最大の仕事”依頼があることを告白
 
YOSHIKIが11月12日、「国立代々木競技場第1体育館」(東京都渋谷区)で開かれた日本最大級のファッションと音楽のイベント「ガールズアワード2011 AUTUMN/WINTER」にモデルとして登場。出演後の会見で「ハリウッドから大きな話を頂いた。順調にいけば来年頭に発表できるかも。決まれば僕の人生の中で一番大きな仕事になる。(仕事は)作曲家的なところです」と明らかにした。
 
 YOSHIKIは1999年に、天皇陛下御即位十年をお祝いする国民祭典の奉祝曲「Anniversary」制作し式典で御前演奏をしたほか、2005年には「日本国際博覧会(愛知万博)」の公式イメージソング「I’ll Be Your Love」を書き下ろし、開会式で指揮を務めるなど幅広く活躍してきた。それらを凌ぐ「最大の仕事」と明言した今回、詳細に関しては「守秘義務がある」と口を閉ざしたが、会見を終えた後、楽屋を訪問すると「依頼は僕にしか来ていない。競うのではなく採用されるかどうか」と回答。口調から大きな自信がうかがえた。
 
 北米、欧州、南米、アジアと世界をめぐったツアーがひと段落し、アルバム制作のため間もなく拠点を置く米ロサンゼルスに戻る。「まずは検査入院をします。指(左手人差し指)もそうですし、僕、タイでダイビングをしたとき、引っかかれちゃって。あと甲状腺も少し悪くなっているから、あちこち看てもらわないと」と話すと、“戦歴”を振り返るように、胸元や手首に出来た真っ赤な爪あとをさすっていた。
 
 YOSHIKIは「2011年は、少し働きすぎました。海外ツアーは移動が大変ですしね。でも次の年に向け、自信につながる年になりました。2012年はアルバムを出したいですね。(アルバムと言う)名刺を持った上で世界を周りたい」と“攻撃続行”を示唆した。
 
 ショーでは、「ロンドンパンク」をテーマに、ルイ・ヴィトンと、Roenなどのブランドで決め、ランウェイをかっ歩。手にした真っ赤なバラを会場に投げ入れ、大きな歓声を浴びていた。
 
取材・文/西村綾乃
 
 
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子猫屋
http://konekoya.com/
 
QUESTINA YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=onGe0JR-gEI
 
子猫屋レポート
http://gotochikitty.com/feature/111111_yoshiki/index.html
 
 
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BARKS
 
YOSHIKI&yoshikitty、「アジア各国で大旋風」の巻
 
11月11日(金)午後6時30分、YOSHIKIがサンリオ直営店「QUESTINA銀座」に登場した。YOSHIKI自身のツイートをキャッチしたファンが結集、店内はファン約500人でごったがえした。
 
YOSHIKIにとってyoshikittyは癒しのアイテムで、常に楽屋に連れて行っているのもご存じの通り。「かーっとなったときにyoshikittyを見ると落ち着ける」とYOSHIKIはお守りのように可愛がっているというが、実のところハローキティは日本を飛び出し今や世界的な人気とリスペクトを誇る、偉大すぎる日本文化。世界を目指し活動する身としては、X JAPANからみればハローキティは大大大先輩にあたるところ。
 
今回のアジアツアーで台北入りした時にYOSHIKは猫の耳をつけて登場してきたが、あれはいわばYOSHIKIによるyoshikittyのコスプレである。いや、偉大なる先輩へ敬意を表し、コンサートの成功を祈る願掛けのようなものだろうか?
 
実際、YOSHIKIとハローキティとのコラボとして登場したyoshikittyの人気は世界レベルで絶大で、海外では「yoshikittyは知っているけどもYOSHIKIという人は知らない」という人にすら出会ったという。さすがのYOSHIKIもyoshikitty様には敵わないということだ。
 
YOSHIKIは、先のアジアツアーにおいても、10月26日韓国「LOUSDUVAL」、11月1日上海「上海GRANDGATEWAY」、11月3日香港「VIVITIX」、11月5日台湾「HelloKittySweets」…とアジア各国のサンリオショップを逐一訪れており、それぞれ400~600人にも及ぶファンが押し寄せていた。そこでの歓迎の熱狂ぶりは常軌を逸したとでもいうべき興奮の坩堝と化したものであった。その様子は、写真からもうかがえることだろう。YOSHIKIに会える興奮とyoshikittyへのラブリーな思いがダブルで交錯し、血液が逆流してしまっている様子がおわかりだろうか。
 
世界進出をいち早く成し遂げたハローキティとともに、これからもX JAPANは、更なる活動の場を広げていくことになる。その活動を温かく優しく見つめるのがyoshikittyであり、世界の人気を先導する可愛い役目もyoshikittyが担っているのかもしれない。
 
11月11日、この日はyoshikittyの新デザインも発表され、大きな注目を集めた。新しいyoshikittyは2012年に発売になると思われる。
 
 
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ORICON STYLE
 
X JAPAN・YOSHIKI、新アルバムの完成を約束「次に人前に出てくるまでに」
 
ロックバンド・X JAPANのYOSHIKIが11日、東京・銀座のサンリオ直営店を訪問した。報道陣から1996年の『DAHLIA』以来となる新アルバムについて質問が飛ぶと、「来週、アメリカに行ってくるので、次に人前に出てくるまでには完成させます」と力強く約束し、当日訪れたファンを喜ばせた。
 
 10月28日に韓国・ソウルで幕開けした同バンドのアジアツアー中に、YOSHIKIが各国のサンリオショップを巡っていた経緯もあり、今回の来店が決定。多くのファンが詰め掛けたなか、YOSHIKIは「韓国、上海、香港、台北のショップに行ってきたけど、日本のファンは静か。アジアのサンリオショップではもみくちゃにされて、死ぬかと思いましたよ」と笑い飛ばした。
 
 この日は2009年に誕生したコラボ商品「yoshikitty」の来年向けの新デザインがお披露目されるも、YOSHIKIは「あんまり変わらないですね」と苦笑。ただ「楽屋でカーってなった時に見ると癒される。僕のお守りです」と、もともとハローキティファンとあって愛着は深く「アメリカツアー中の時のことなんだけど、yoshikittyのことを知ってて僕を知らないって人がいた。X JAPANは世界に向けて頑張ってるので、yoshikittyに負けないように頑張ります」とライバル心ものぞかせていた。
 
 
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club.zy
 
YOSHIKI:銀座のサンリオショップを訪問 世界的キャラクターのハローキティに闘志?!
 
X JAPANのリーダーYOSHIKIが11月11日、東京・銀座にあるサンリオ直営店「QUESTINA銀座」を訪れ、自身とハローキティがコラボレーションした商品「yoshikitty」の新デザインをお披露目した。YOSHIKIは、「南米をツアーで周ったとき、ナースのコスプレをしたので、(yoshikittyも)看護婦バージョンを作ったらどうかなと思う」と提案。「(世界での知名度が高い)キティに負けないよう、X JAPANも世界に向けて頑張る」と話していた。新デザインの商品は2012年に販売される予定だ。
 
 YOSHIKIとハローキティのコラボレーションは、元々YOSHIKIがハローキティのファンだったことからコラボレーションがスタート。タオル、衣料などのグッズはもちろん、2009年にX JAPANが東京ドームで公演をした際には、yoshikittyの巨大バルーンが会場に出現するなどしてきた。YOSHIKIは「楽屋にもyoshikitty人形を置いています。カーッとなったとき、これを見ると怒っちゃいけないと。お守りですね」と笑った。
 
 銀座店には、入りきれないほどのファンが集結。店内外合わせて500人のファンがごった返していた。YOSHIKIは10月末から11月上旬にかけて行ったアジアツアーの開催先でも各サンリオショップを訪問。台湾では猫耳を付けファンの前に姿を現し、大きな歓声を浴びていた。
 
取材・文/西村綾乃
 
 
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発表会 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=XOIoNJiCs6c
 
TV報道
http://www.youtube.com/watch?v=pRsXxfMn8s8
 
 
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BARKS
 
YOSHIKI、怖すぎるフィギュアと「一緒に自写撮りしちゃった(笑)!!!」
 
既に報道されている通り、日本上陸を果たしたマダム・タッソー東京にて、葉加瀬太郎、大島優子に続き、そっくりすぎて怖いYOSHIKIのフィギュアが登場した。
 
YOSHIKI本人も「怖い」と言いながら、200か所にも及ぶ採寸の果てに誕生したリアルなYOSHIKIは、おとなしく寡黙に佇むだけ。自らの愛用ジーンズを穿かせたYOSHIKIフィギュアに、愛しい気持ちが芽生えたか、YOSHIKIは記者会見が終了した後に、こっそりと自撮りしていたようで、「Haha, I took a pic with Wax Yoshiki at Madame Tussauds in Tokyo after the press conference! 記者会見の後でYoshiki figureと一緒に自写撮りしちゃった(笑)!!!」と自らツイート、ゴキゲンな写真をアップしている。
 
アップされた自撮り写真を見るに、YOSHIKIはにこやかに笑っているが、YOSHIKIフィギュアは目が飛んだ状態。不思議な名コンビっぷりを披露している。
 
 
 
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X JAPANはワールドツアーを終えたものの休む間もなく、次なる攻撃へ準備を進めているところだが、ここ日本では2011年10月26日に発売となった「THE LAST LIVE 完全版」が、話題を呼んでいる。X JAPAN解散後に編集作業が行われた前作の「THE LAST LIVE」DVDを振り返り、YOSHIKIは「色々な想いが沸き起こり、映像を見ることがあまりにも辛く最後まで編集する事ができなかった」と語る、様々な思いと歴史が封じ込まれたX JAPANのまばゆい閃光が、凝縮されたかの作品だ。
 
今回の「THE LAST LIVE 完全版」には、前作未編集部分の「SAY ANYTHING(SE)」、「THE LAST SONG」、「TEARS(SE)※スライド映像収録」、「UNFINISHED(SE)※スライド映像収録」、「FOREVER LOVE~LAST MIX~(SE)※スライド映像」の映像全てが収められ、13年10ヶ月の時を経て遂にあの伝説の「THE LAST LIVE」の全貌が公開されたことになる。
 
当日、あの現場を目撃した人も、今新たにX JAPANのサウンドに目覚めた人も、彼らが刻み込んだ偉大なる爪痕のリアルさを画面から堪能してほしいところだ。なお「初回限定コレクターズBOX」に収められた特典映像には、7月に行われたX JAPAN 欧州ツアー最終公演のベルリン公演終了後に収録された、メンバー全員によるインタビュー映像が収められている。
 
12月21日には、DVD「DAHLIA TOUR FINAL 完全版」(1996年東京ドーム公演)が登場する。
 
 
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ORICON STYLE
 
YOSHIKI、自身の等身大フィギュアに恐怖「オバケみたい」
 
ロックバンド・X JAPANのYOSHIKIが10日、東京・台場デックス東京ビーチにオープン中の施設『マダム・タッソー東京』内に展示される自身の等身大フィギュアのお披露目式に出席した。約1900万円をかけて製作された“リアル”フィギュアと対面したYOSHIKIは「オバケみたいで怖いし、無愛想」と苦笑い。“フィギュア化”については「とても光栄だけど複雑な気持ち。YOSHIKIが2人もいたら、喧嘩しそうで周りが大変」と笑わせつつ「僕にまだ会ったことない人に見てほしい。くすぐるなり、何でもしてください」とアピールした。
 
 X JAPANのヨーロッパツアー中、パリとロンドンでクリエイティブ・チームにより全身で150~200ヶ所の採寸が実施され、およそ3ヶ月をかけて製作。YOSHIKIは「くすぐったくて、体型を維持しなきゃいけないのが大変でした」と採寸時を振り返りつつ、「改めて見ると、全部似てますね…。肌の色とかすごい」と、完成度の高さに驚いていた。最後に自身がこの日着用してきたストールをフィギュアにプレゼントし「自分で自分を着飾るのは変ですね」と笑顔をみせた。
 
 メンバーにはまだフィギュアを見せていないといい「いきなり見せたら黙っちゃうと思います。最初にステージに出てきたら、(本物か)わからないんじゃないかな」と不敵な笑み。9日にアジアツアーを終えたばかりのYOSHIKIは、会場に集まったファンに向け「皆さんの応援があったから世界に出ることができました」と感謝した。
 
 2012年1月4日まで期間限定オープンしている同施設は、本人公認の等身大フィギュアとのふれあいを通じてセレブリティ体験を提供するアトラクション施設。レディー・ガガ、マイケル・ジャクソン、ジョニー・デップなど世界の大物アーティストのフィギュアが設置され、作品の周囲にロープや柵を設けずに肩を組んだり直接触れることができる。
 
 
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スポニチ
 
1900万円もかけたのに…YOSHIKI「なんか無愛想 怖い」
 
ロックバンド「XJAPAN」のYOSHIKIの等身大フィギュアが10日、東京・お台場のアトラクション施設「マダム・タッソー東京」でお披露目された。
 
 ファンからの黄色い大歓声の中で登場したYOSHIKIは、前日に「X JAPAN」のアジアツアーを終えて帰国したばかり。
 
 製作期間は約3カ月で、ツアー先のパリとロンドンで行った全身約200カ所の採寸は「何百カ所も身体がくすぐったかった。じっとしているのが大変だった。体型を維持するのが大変だった」と振り返った。衣装は採寸の時に来ていた私物で、この日も“分身”にストールを巻いてあげる一幕も。
 
 約1900万円をかけて完成した自分そっくりの人形を見たYOSHIKIは「とても光栄です。本物と変わらない。しゃべりそう」と感激したが、じっくり見つめるうちに「なんか無愛想。怖い」と苦笑い。
 
 興味津々にフィギュアの肌や髪に触って「怖い。お化けみたい。夢に出てきそうですね」と漏らし、笑いを誘った。ファンには「くすぐっても何でもして下さい」とアピール。来年1月4日まで同所で展示される。
 
 
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ナタリー
 
「怖い!」YOSHIKI、自身の等身大フィギュアに仰天
 
東京・お台場に期間限定でオープンした体験型アトラクション施設「マダム・タッソー東京」に、YOSHIKI(X JAPAN)の等身大フィギュアが登場。本日11月10日、このフィギュアのお披露目式がYOSHIKI本人を招いて開催された。
 
「マダム・タッソー」は、世界各国のセレブリティの等身大フィギュアが展示されている施設。1835年にイギリス・ロンドンで開業し、世界7カ国12カ所に展開している。作品の周囲にはロープや柵などが設置されておらず、来館者は実際にフィギュアと肩を組んだり触れたりしながら記念撮影することもできる。
 
9月30日にオープンした「マダム・タッソー東京」には、マイケル・ジャクソン、LADY GAGA、アンジェリーナ・ジョリーなど各界著名人のフィギュア20体を展示。日本国内からも坂本龍一、葉加瀬太郎、大島優子(AKB48)といった著名人が選ばれ、本人そっくりのフィギュアが陳列されている。
 
YOSHIKIは11月8日にアジアツアーの最終公演をタイ・バンコクで終えたばかり。帰国後すぐに出席したお披露目式で、自身のフィギュアが製作されたことへの感想を求められたYOSHIKIは「とても光栄です。でも、YOSHIKIが2人もいたら周りが大変ですね(笑)」と語り、さらに製作時のエピソードを「ヨーロッパツアーを回っているときにパリとロンドンで2回採寸したんですけど、ツアー中で大変でした。あと、何百カ所も採寸されてくすぐったかったですね」と明かした。また、フィギュアを見た率直な感想は「……複雑な気持ちですね(笑)」と苦笑いしながら語っていた。
 
その後ステージには、今回製作されたYOSHIKIの等身大フィギュアが登場。自身のフィギュアと並んだYOSHIKIは「怖い! 夢に出てきそう!(笑)」と、改めてそのリアルさに驚いていた。そして自分が身につけていたスカーフをフィギュアにかけ、衣装を丁寧に直すしぐさも見せた。最後にファンへのメッセージを求められると「皆さんのおかげで世界ツアーのスケジュールを完走することができました。日本のファンの人が応援してくれたから、世界に出られたんだと思います。これからも前に進んでいきたいと思うので応援してください」と語った。さらに今年1年を振り返り「今年は十数年の活動の中で、一番たくさんコンサートをやった年でした。海外だといろいろスムーズにいかないことも多いんですけど、再び初心に帰れたと思います」と話した。
 
 
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