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「俺HIDEと結婚するわ!!」
学生時代の口癖でした。
当然のことですが同性婚とかそういうことではないんですけど。
何故かそんなことを良く言ってました。
Xを知る少し前からギターはやり始めていましたが、
Xを好きになってからは、やはりギターということで目に飛び込んで来るのはHIDEでした。
普通ならば憧れの存在になっているのでしょうが、
自分は全く真逆だったんです。
HIDEと同じギターは持ちたくないし、同じファッションもしたくない。
HIDEという存在が大好きすぎて、
HIDEはHIDEであり、
HIDEになりたいわけではなかったのです。
HIDEのように輝いているギタリストにはなりたかったけど、
HIDEとは違うアプローチの出来るギタリストになりたかったのです。
ギター…というか、音楽が大好きでバンドをやっていました。
かといってプロ志向というわけでもなかったのですが、
電車で友達の家に遊びに行くときにも、
電車の中でギターを弾いていたほどです。
夜中に公演で弾いていた時もありました。
今考えると本当に迷惑でしたね…。
そんなhideがソロデビューする。
正直その時にはとても嫌な気持ちがありました。
バンド内でのソロ活動とは…当時では解散を意味していましたし。
解散をしなくても解散に拍車をかけることでもありました。
それでも「EYES LOVE YOU / OBLLAT」「50% & 50% / DOUBT」は
夢中になって聞きました。
好みはもちろん「DOUBT」です。
当時は知ったばかりの「MINISTRY」を感じさせてくれました。
自分はあまりポップ方面のhideは好みではなかったので、
「DICE」が出た時も震えましたね…。
アルバムでも好みの曲は沢山ありました。
「BACTERIA」が出た時には本当にショックでした。
やられた…。こういう音楽がやりたかったんだ。と。
でも自分にはたどり着けない領域なのだと思い知らされましたね。
1997年X JAPANの解散。
凄くショックで悲しい出来事でしたが、
当時は納得し、受け入れることが出来たのです。
もうXはバンドとして機能していませんでしたし。
HIDEが言った言葉に深く頷き同感を覚えました。
「バンドをやめたいと言っている奴がいる。またやりたくなったらやればいい。」
LAST LIVEを体感して、復活の日まで待とうと決心しました。
翌年の5月2日までは。
あの日から告別式の5月7日までは本当に地獄でした。
自分の周囲では後追い自殺もおこり、X仲間と集まり報道を見る日々。
すべてを見逃さまいと数人で手分けしてビデオに記録していきました。
悲しいかな…そこに流れるのはhideの新曲。
「ピンクスパイダー」と「ever free」
悲しみの中にもまたもや震えるような楽曲でした。
自分の中ではhideの楽曲の中でも最高傑作となった「ピンクスパイダー」
ライブでこの曲を1曲目にして登場するhideしか思い浮かびませんでした。
その時に記録したビデオはDVDに編集する際には見ましたが、
それ以降見ていません。見ることが出来ません。
あの地獄の1週間を思い出してしまって…。
もう音楽をやめよう。そう思ったのはその日かもしれません。
その後も…今も…まだまだやってはいますが、
あの日以前の情熱はありません。
ひとつの大きな目標となるものが消えてしまったからかもしれません。
1998年11月18日
hide with Spread Beaver appear!! "1998 Tribal Ja,Zoo" at 横浜アリーナ
全く行く気はありませんでした。
X友達の強い誘いで行く決心はつきましたが。
最初は立ちつくし見ていましたが、
数曲で座ってみていたのを覚えています。
何か異常な光景でした…。
悲しくて見れないわけでもなく、涙するわけでもなく。
とにかく異常な光景だったのです。
hideがいないのにhideの楽曲をやっていて、
hideの声もするし、hideのパートを違う人が歌う。
Spread Beaverたちも異常な演奏でした。
それ以来、hide関連のイベントには出席していません。
hide MUSEUMにも行ったことはありません。
もちろんBirthday Pattyなどにも。
Xが復活をして、初めてそういったイベントに行き始めました。
悲しかったからではなく…。
もう自分の中では終わってしまったことだったのです。
過去…でした。
とてもとても…前置きが長くなりましたが…。
先日「JUNK STORY」を見てきました。
「どうせあれでしょ?美談を詰め込んだ映画なんでしょ?」
という気持ちで見に行きました。
それが…なんともとてもとても楽しい映画でした。
いや…最高の出来だと思います。
何が自分にとって良かったのかというと、
ちゃんとしたHIDEのドキュメンタリー映画だったのです。
アーティストHIDEの、音楽の、ドキュメンタリー映画です。
音楽から始まり、音楽で終わる映画になっていました。
全ての物事が音楽からのアプローチになっているのです。
サーベルタイガー期の苦悩から、ソロ音楽の制作秘話など。
聞きたかったことがすべて詰まっていました。
どうやって音楽が作られていったか、
どんな気持ちでライブに挑んでいたか。
音楽家HIDEしかクローズアップされていないのです。
欲を言えば…とても残念なのが、時間ですね。
2時間という枠で「サーベルタイガー期」「X期」「X JAPAN期」
更にはソロアルバム3枚を語らなければならないこと。
これはもうトリロジーとしてでも作ってもらいたかったですね。
「X期」「X JAPAN / HIDE YOUR FACE期」「X JAPAN / PSYENCE以降期」と。
もっともっと見ていたいものでした。
何故…前置きが長くなってしまったのか…。
hide with Spread Beaver appear!! "1998 Tribal Ja,Zoo"
の時のメンバーのインタビューが心に突き刺さってしまったのです。
自分がもう、終わりを告げたあのライブで、
あんな気持ちで演奏していたんだな~と。
そして…hide MEMORIAL SUMMITで見たSpread Beaver。
あのライブの時と同じ演出で見たライブ。
また自分が動き出した理由だったのかもしれません。
hideがいなくなっても「子 ギャル」が出たりと、
まだまだhideの人生は続いています。
この映画を見て自分の唯一の心残りは…。
「PINK CLOUD ASSEMBLY」が聴けないこと。
hide最高傑作である「ピンクスパイダー」の
結末がわからないまま終わってしまったこと。
どんな新しい楽曲よりも、未発表曲よりも、
これが一番聴きかったかもしれません。
自分はまだ1度もHIDEのお墓に行ったことはありません。
この映画を見て、今度1度行ってみるのもいいかな~と思いました。
今ならちゃんとサヨナラが言えるような気がします。
私も横アリで見てからhide関連のイベントは行ってませんでした。
hideのいないhideのライブは喪失感しかなかったから...。
けれど今年hideの年齢を越えてしまった事で自分の中で一区切りでき、初めてお墓参りに行きました。
お墓を前にした時は涙が止まらかったけど、これでようやく前に進む事が出来ました。
メモリアルにも行ったし、これからのイベントはどんどん参加したいです。