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――まず、ヤマハの木村義一さんと馬場修三さんから、今回のプロジェクトとの関わりについて簡単にご説明いただけますか?
木村:私は基本的に東京で、ヤマハのボーカロイド・チームとしてお受けする案件についての窓口のようなことをしています。主にはボーカロイドの企画などをやっているんですが、そういったものを請け負うチームが渋谷のオフィスを拠点としているんです。一方で、馬場がおります開発のセクションは浜松にあるんです。今回はまずユニバーサルさんから、「hideさんの声で、曲を復活させたい」というお話をいただいたわけです。ひとつそこに至った背景として、私どもで植木等さん(2007年に他界)の声をボーカロイドで蘇らせたというのが数年前にあったんですね。それと同じようにhideさんの声で曲を蘇らせることはできないだろうか、と。そういうところでのご相談をいただいたのが発端でした。
――そして馬場さんが、技術的な部分を請け負われることになった。
馬場:ええ。具体的にはhideさんのライブラリ、すなわち声素材をまとめたものを作るところから始まったわけです。
木村:その発端となる話をいただいたのが、もう今から2年ぐらい前のことになりますね。
I.N.A.:ここでまず、今回の楽曲について説明しておかなきゃいけないと思うんですけど、話は1998年まで遡るんですね。この「子 ギャル」は本来、最後のオリジナル・アルバムとなった『Ja,Zoo』という作品のなかに入るべき曲だったんです。あのアルバム自体、ご存知の通り、半分ぐらいはhideが亡くなった後に、Spread Beaverのメンバーたちをはじめとする人たちに手伝ってもらいながら、未完成だったものを完成させたっていう成り立ちのものなんですね。そのなかにあって、この「子 ギャル」という曲は、歌詞もできていて、音楽(トラック)もできていたんですけども、歌をまだ録っていなかった。それが理由でアルバムに入れることができなかった、というものなんです。
――つまり未完成音源を完成に至らしめることは当時でも可能だったけども、ヴォーカル・トラックがないものを完成させることは1998年の技術では完全に不可能だったということですよね? しかし今であれば、ボーカロイドという手段もある。
I.N.A.:ええ、そういうことです。
――ヤマハさんとしては、植木等さんの仕事での実績があったわけですが、今回のプロジェクトが成功するという確信は当初から……?
木村:いや、当初はかなり難しいんじゃないかと思っていたんです。僕らのようなプロジェクトの場合、元々、ロックがわりと苦手というか。いわゆるシャウト系の声というのがあまり得意じゃないんです。「子 ギャル」も当然ロックの曲ですし、結構難しいんじゃないかなと最初は思いました。
――僕自身、ボーカロイドについてよく理解できていないところがあるんですが、素人考えでも想像できるのが、滑舌が明瞭で、発生がナチュラルな音声が素材として使える場合のほうが、より作りやすいわけですよね?
木村:ええ、そうですね。
馬場:声はフラットな素材のほうが使いやすい、ということになります。
――ただ、50音すべての声が揃っても、それでは素材として足りないのだとか? たとえば「こんにちは」と言うときに“こ”に入る瞬間の音、“こ”から出て“ん”に移っていく過程の音というのも必要になってくるという話をうかがいました。
馬場:ええ。とにかく膨大な素材が必要になってくるんです。まずは素材としてユニバーサルさんからご提供いただいた、hideさんの生の声を全部聴いて……。
I.N.A.:そう、全部の曲のヴォーカル・トラックを聴いてもらったんです。
――音源からヴォーカルだけ抜き出した状態のもの、ということですね?
馬場:そうですね。で、「子 ギャル」に必要な音素と言いますか、声の素片のようなものをひとつひとつ「これは使える、これは使えない」と選別しながら集めていって、ひとつのライブラリにしていくという作業を進めていったわけです。
――つまり歌詞というものがパズルの下敷きとしてあり、そこに声というピースを当て嵌 めていった、ということですね?
馬場:はい。まさにそういうことです。
――音程とかそういったものについては、すべて後から調整ということになるんですか?
馬場:それについては、元の素片が持っているピッチが、合成しようとしている音程から外れていると、声がどんどん変わっていってしまうんですね。そこはサンプラーと一緒なんです。なので、合成しようとしているメロディに、できるだけ近い音程の音素材があることが望ましい。とはいえ、まったく違う曲たちからそれを抜き出そうとするわけですから、そう都合良くは見つからないわけです。あと、曲によってはすごくムーディに歌っていたりとか、逆に激しく歌っていたりとか、そういうのも多々ありますよね。そのなかから「子 ギャル」という曲に合うような音素材を探さなければならないわけなので。そういう部分ではすごく苦労しましたね。
――既存のヴォーカル・トラックの数自体が限られているうえに、hideさんの場合、曲によって歌い方が様々だし、発声の仕方がフラットではない。結局、その音素を揃えること自体がとても困難だったわけですね。
馬場:そういうことですね。それさえ揃えばどうにかなるにはなるんですが、もうひとつ実は問題がありまして。ボーカロイドって、ピッチの伴った音素材を合成すると、それがフラットになって出てきてしまうんです。だから元々持っているピッチ感とかトーンの変化をそのまま反映させるには、ちょっと普段のボーカロイドとは違ったイレギュラーなやり方をしないと、なかなか再現できないという部分があって。今回のhideさんのものに関しては、普段、僕らが作業している通常のボーカロイドのライブラリを作る作業とはまったく違った、かなり特殊なアプローチでやらなければならなかった。その目的というのが、やはりとにかくhideさんらしさというのをいかに出すかというところにあったので。
――ある意味、通常のボーカロイドというのは人格が伴わなくてもいいものであるはずですよね? ところが今回の場合は、声に人格が必要だった。素材が揃ってメロディに沿ったものができても、それだけではhideさん特有の癖や匂いのようなものが感じられるものにはならないわけですよね?
馬場:はい。歌いまわしのような部分というのも再現しないとならなくなってきますんで。そこで、本来は必要な音素というのが100%、ご本人の声から採れれば良かったんですけど、それがどうしても叶わなかったので、不足している部分については別の方法で埋めていくということにトライしたんです。
木村:実はまだ発表していない技術で、植木等さんのプロジェクトでも使ったものがありまして。本当は必要な音素がすべて揃えばスムーズに繋がるんですが、間に不足しているものがある場合は、その不足しているものを解析して埋めるという技術があるんですね。それを駆使して必要な音を埋めていくというか。そういうことも今回しているんです。
――たとえば背骨を再生しようとするときに足りないものがあれば、そこを繋ぐべき骨の形を想像しながら新たなピースを作って当て嵌めていくことになる。そういった作業だと捉えればいいんでしょうか?
木村:それにかなり近いです。「これとこれの繋ぎ目だから、おそらくこういう音になるだろう」というのを解析し、予測して、それを音に変換していくというか。そういう未公開の技術があるんです。
――それを使うべき必要と価値のあるプロジェクトだと判断された、ということですね?
木村:そうです。そこまでしないとhideさんの歌声は再現できないし、我々としてもなんとか再現したいと思ったわけです。
――そういった作業にどれだけの手間暇と労力がかかるかということについて、まったく見当がつかないんですが……。ボーカロイドの部分が一応の完成に至ってI.N.A.さんが全体の音源をまとめられる段階に至るまでに、どれくらいの時間がかかっているんですか?
I.N.A.:最終的に僕のところにデータをいただけたのが、今年の6月ぐらいだったんですね。もちろんその間に途中経過というのを聴かせていただいて、「もっとこうしたほうがいい」みたいな話をして、その何ヵ月か後にまたミーティングをして……みたいなことを繰り返してきて。だから2012年の10月にこの話が始まって、それ以来、ヤマハさんの作業は今年の6月まで続いたことになりますね。
――つまり1年8ヵ月。すごい話ですね!
馬場:最終的には僕がヴォーカル・トラックの作成作業をヤマハ側として担当させてもらったんですけど、それ以前に他の担当者がいて、「これは無理だね」と一回投げてしまっていたんです。ただ、植木等さんのライブラリ作成も僕が担当だったこともあって、「できるんじゃないか?」と改めてこの仕事が僕に振られて。それが最終的に納品する半年ぐらい前のことだったんです。普段の作業のボリューム感というのをお伝えするのはなかなか難しいものがあるんですけど、何でも歌える100%のライブラリというのをひとつ作るのに、だいたい2ヵ月ぐらいかかるものなんです。で、「子 ギャル」の場合は、この1曲の、3分程度の曲のヴォーカル・トラックに過ぎないわけじゃないですか。でも、これを作るのに、専任で半年という期間をいただきました。だから普段のライブラリの10倍ぐらいは大変だったと言えるんじゃないかと思いますね。とにかく誰も何も口出しするな、と。好きなようにやらせてくれ、という感じで(笑)。僕も最初のうちは「これは本当に無理かも」と思ったんですが、やっているうちにあるヒントを得たんです。こうしたらもうちょっと似るかも、というような閃きを得られる瞬間がときどきありまして。で、「行ける!」と思い始めた瞬間から、ものすごく楽しくなってきて、本当は延々とその作業をやっていたかったんですね。でもまあ、期日のあるものなんで(笑)。だから、もしかするともっと早くできたかもしれないんですけど、できるだけ期限を引き延ばしながらこの作業に専念していたというのもあるんです。
――少し期限を引き延ばすことによって、そこで新たな閃きが得られる場合もあるわけですもんね。
馬場:ええ。それに、ちょっと余裕がないと客観的に聴きにくかったりもするわけです。そうなってくると、一生懸命やればやるほど違うものになってしまうというのもありますんで。だからたまに、作業の合間のインターヴァルみたいなものが必要になってくる。ただ、僕らのほうで可能なことというのはあくまでボーカロイドの合成技術の範囲内のことなので、「僕の方ではここまでです。あとはI.N.A.さん、お願いします」と。I.N.A.さんが控えていらしたので安心して取り組めた、というのも当然ありましたね。
――最終的な仕上げをI.N.A.さんの手に委ねられるからこその安心感……。しかし、まるで恐竜の化石を発掘して、そこから骨を作りながら組み立てていくみたいな壮大な作業だったわけですね。
馬場:正直、他の作業には喩えにくいですね。でも、モノを作るという作業にはどれも似たところがあると思います。
――完成状態というのを見極めるの難しさというのもあったと思うんです。ここまでくれば完成、というのを、自分で決めるしかないというか。
馬場:ええ。それについては、あらかじめお借りしていたhideさんのオリジナル・トラックと聴き比べて照らし合わせながら作成していったというのもありますし、ちょっと裏話的なことになるんですけど、実はたまたま同じ部署の隣りの席に、本当に筋金入りのhideさんファンの女性がいまして。彼女にものすごくアドヴァイスをもらいましたね。彼女に聴かせては、駄目出しをもらったり。「これでどう?」「いや、こんなのhideじゃない」みたいなやり取りが多々ありました(笑)。実はそれがいちばん大きかったようにも思います。この仕事が僕のところに来てくれて良かったと思えたのは、その彼女がいなければ実現できなかったからこそでもあるんです。そういった偶然もあれば、自分がこの作業を請け負うことが可能なタイミングにあったというのもあったわけで。そういった偶然がいくつも重なって、可能な状態になったんですよね。何かの力によってこれができるように導かれていたような気もしますね。
――ひとつ確認しておきたいんですが、2年前に話が始まった時点では、締め切りはいつ頃に設定されていたんですか?
馬場:どうなんでしょうか?
木村:締め切りは、当初はなかったと思います。まず、できるかどうかという話で。
I.N.A.:それが可能かどうか。そこからの話でしたからね。何回も「これは無理じゃないか?」という話になりながら、だんだんと進んできて、1年半ぐらいかけて……。
馬場:I.N.A.さんは初期段階のものも聴かれてたんですよね?
I.N.A.:はい、聴いてました。
木村:その時点ではおそらく、2ヵ月ぐらいを目途にしながら、うちでまず作らせていただいて、それをお聴かせして、行けるかどうかというのを判断しましょう、と。その段階でのものがあんまり良くなかったんですよね。それでもう諦めるしかないかな、というところもあったんですけど、膨大なhideさんの声の素材を貸していただいていたので、それをもとになんとか続けようとしたというか……。こちらとしても、この作業に取り組むことがのちのち役立つんじゃないかというのがあったんです。それで「もうちょっとやらせてください」ということになり、エンジニアを馬場に変更することになったんです。
I.N.A.:要するにその時点では、ヤマハさんの“今ある技術”で構築していただいてたってことですよね?
木村:そうなんです。で、今の技術だとやっぱり限界があったので、さきほども話に出た公開前の新技術というのを使って、足りないところを埋めていく作業というのをやって。それを進めていくうちに「これはできるかも」ということになったんですよね。
――タイミングの妙というのもあったわけですね。もしもその技術が2年前の時点で使えていたらもっと早くこの音源は登場していたのかもしれません。でも結果、こうして実際に完成したのが、hideさんの50回目の誕生日に間に合うギリギリの時期だったわけで。
木村:ええ。だから本当にこれがカタチになりそうだとわかったときにはホッとしましたし、純粋に嬉しかったですね。
――初期段階のボーカロイドの音源はあまり良くなかったという話がさきほどありましたけども、それは結局、どんなところが良くなかったんでしょうか?
I.N.A.:まず最初の段階のものは、とにかくhideが歌ってるようには聴こえなかったので。だから何かしらを変えていかないと、世に出せるものにはなり得ないなというのが最初の印象でしたね。僕は当初はそう感じてました。それがある時期に、急に変わったんですよ。「これは行けるんじゃないか?」というタイミングが突然訪れて。
馬場:おそらくI.N.A.さんが聴かれた最初のデモというのは、僕が関与していない段階でのものだと思うんです。だから、それがどんなものかというのは僕自身にもわからない(笑)。ただ、それを僕が引き継いだ段階で聴いたものというのも、そこからさらに進んだ状態にあったものであるはずなんですけど、「これは全然、hideじゃないよね」と言わざるを得ないものでした。僕もそう言った記憶がある。でもそこで同時に、「面白そうだからやらせて欲しい」と僕は言ったわけなんです(笑)。
――実際、面白そうだという興味や好奇心を抱ける作業じゃないと、なかなかここまで徹底的に打ち込めるものではないと思います。
馬場:個人的なことになるんですけど、僕はボーカロイドの仕事を始めてから今年で11年目になるんですね。で、実は当初から、亡くなった方の声とかを合成することができるようになるかもしれないというのを聞いて、ヤマハに入っているんです。なので、これは10年以上越しの夢でもあったんです。いつかこういうことをやりたい、というのはあった。そのチャンスが到来したと思ったので、「絶対やらせてください!」と。
――なるほど。しかも今回のプロジェクト成功というのは、今後のボーカロイド発展のためにも重要な実績になったわけですよね?
馬場:はい。それはものすごく大きいと思います。